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スークの死を悼む

今年2011年7月7日、82歳の誕生日8月8日を目前に、ドヴォジャークの曾孫で、同名の作曲家の孫である、チェコ・ヴァイオリンの巨匠スークが亡くなった。

思い起こせば日本とチェコスロヴァキアが国交を回復した翌1959年、チェコ・フィルとともに来日して以降、彼がわが国に残したチェコ音楽の遺産ははかり知れない。

私がはじめて彼の演奏に接したのは1961年9月、スーク・トリオの一員として来日し、ドヴォジャークのピアノ三重奏曲「ドゥムキ」を弾いたときだったと思う。スーク、サードロ、パネンカの弾く25インチ盤LP(日本グラモフォン社)が、今もレコード棚に鎮座している。その後もソリストとして、小林仁、ルージチコヴァー、ハーラ、パネンカらと共演し、スーク・トリオやスーク室内オーケストラを率いて来日していた。とくに印象に残っているのは、ビロード革命の翌1990年“プラハの春音楽祭”の折、フラッチャニ城内“スペインの間ま”でパネンカと共演した、大統領ハヴェル夫人主催のリサイタルだった。

ここでスーク“節くれだった枝”の意の経歴を列記してみよう。彼は生涯J・コツィアン(1883~1950)を師と仰ぎ、文学や車に興味を抱いていたという。

1945/ 50:プラハ音楽院でN・クバート(1891~1966)と、K・シュネベルゲル(1918~?)に学ぶ。
1950/ 51:プラハ弦楽四重奏団の第1ヴァイオリン奏者。
1951/ 53:AMUでM・フロウニョヴァー(1912~2006)、A・プロツェク(1918~82)に学ぶ。
1952:スーク・トリオを結成。
1953/ 54:プラハ国民劇場演劇部オーケストラのコンサートマスター。
1954年から演奏活動をはじめる(伴奏者はマキシアーン、ハーラ、ホレチェク、パネンカ)。
1954/ 57:V. ネイェドリー記念国軍オーケストラのソリスト。
1961~:チェコ・フィルのソリスト。
1980/ 87、1993/ 2000:スーク室内オーケストラ(1974年発足)の指揮者。
1979/ 85:ウィーン高等音楽院教授。
晩年はプラハの春音楽祭総裁、ドヴォジャーク財団代表などを務めていた。

ヴァイオリンをスークが担当したスーク・トリオ構成の変遷:
ピアノ/チェロ
1952:J.・フビチカ(1922~95)/S・ヴェチトモフ(1930~)
1953:J.・ハーラ(1928~)/J・フッフロ(1931~2009)
1956:Fr・マキシアーン(1907~71)
1957:J.・パネンカ(1922~1999)/M.・サードロ(1912~2003)
「プラハの春」事件のあった1968年以降活動を一時停止。(録音はあり)
1982:J.・ハーラ、その後パネンカが復帰、最終公演は不明。

最近では2008年“プラハの春音楽祭”期間中の5月29日、ルドルフィルム内ドヴォジャーク・ホールで行われたコンサートで、アンブロシ(Vl.)、ウンテルミュレルVla.)、バールタ(Vc.)、シモン(P.)と共演し、ドヴォジャークのテルツェットop.74とop.75a、バガテルop.47、スークのピアノ四重奏曲op.1を演奏した。

昨2010年3月22日ドヴォジャーク・ホールで、プラハ市音楽学校とネルダ記念ギムナジウムの“若く才能ある”生徒8人がソリストとして、ロウジェンスキーPetr Louženský指揮プラハ室内フィルと共演した。“若く貧しいが才能ある”のモットーは、スークの曽祖父ドヴォジャークがウィーンから奨学金を貰い、世界に雄飛できた精神を受け継いだものである。

最初のヴィヴァルディの二重協奏曲イ短調op.5では、1楽章ごとに写真左からJao Won Seo、ヴァシロヴァー、ミハーレクの3人(1996/ 97年生)が、スークと共演した。この写真が私の手元にあるスークの最終活動を示すものである。

スークと若手演奏家


このあと20歳前後のソリストが登場し、ラルソンのトランペット小協奏曲、シューマンのピアノ協奏曲、ウェーバーのクラリネット協奏曲、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、コジェルフのピアノ協奏曲ヘ長調を演奏した。

ヤナーチェクのヴァイオリン協奏曲、ショスタコーヴィチのヴィオラ・ソナタや、ドルドラの「思い出Souvenir」などなど、心暖まりエロチシズムすら感じられる彼のCDを聴きながら、故人を偲ぶとしよう。


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[ 2011/07/20 01:41 ] 音楽解説(チェコ音楽) | TB(-) | CM(-)



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