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ヤナーチェク:弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」、第2番「内緒の手紙」

弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」
1908年8月28日、レフ・トルストイ(1828~1910)生誕80周年にあたり、ブルノ市の“ロシア愛好協会”から、自らも有力なメンバーだったヤナーチェクは作曲を懇請され、小説「クロイツェル・ソナタ」を題材にピアノ三重奏曲を書いた。この改訂版は翌1909年4月2日、ブルノ芸友協会主催の“トルストイの夕べ”で、ベートーヴェンのクロイツェル・ソナタとともに演奏されたが、楽譜は1912年頃紛失してしまった。

1923年10月12日から13日にかけ、プラハでボヘミア弦楽四重奏団(1892~1933 )のメンバーと会った折、新作を依頼されたヤナーチェクは、10月30日から11月7日にかけ“弦楽四重奏曲第1番”を作曲した。初演は同楽団により、第2ヴァイオリン奏者スークが手を加えた版で、翌1924年10月17日、プラハはモーツァルテウムでの現代音楽協会コンサートで行われた。その後1925年9月4日ヴェネツィアでの、第3回現代音楽祭追加室内楽コンサートで、ジカ弦楽四重奏団(1919年発足)が、フェニーチェ劇場で演奏して以降、ロンドンなど各地でとり上げられた。1975年になりスメタナ弦楽四重奏団のヴィオラ奏者、シュカンパが元の形に戻した。

原作の筋は「医者から妊娠を禁じられた若い人妻が、ヴァイオリニストの伊達男と、自宅で開いたコンサートで“クロイツェル・ソナタ”を弾いて意気投合する。後日、旅先の貴族会から予定より早く帰宅した夫が、夜中まで仲睦まじく談笑している二人を見て逆上し、妻を刺す」というもの。



弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」譜例
弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」譜例 ※クリックすると大きくなります。


第1楽章:第1ヴァイオリンとヴィオラによる、上下するホ短調アダージオの愛の主題2小節(譜例1)と、チェロによる同じく5度音程内を上下する、リディア旋法コン・モートの嫉妬主題2小節(譜例1‘)をもとに展開し、(譜例2)のような音型を入れている。

第2楽章:コン・モート。ヴィオラが変イ短調、2/8拍子の主題(譜例3)を奏で、ウン・ポーコ・メーノ・モッソに入り、ヴィオラがスル・ポンティチェロの32分音符トレモロで、変ハ長調=変イ短調、下降主題(譜例4)を奏でる。愛の主題の変形のあと、スル・ポンティチェロは夫の苛立ちを、3連音に乗る4分音符5ヶによる音型は、妻と伊達男の対話を描き出している。

第3楽章:コン・モート。カノン進行で現れる主題(譜例5)は、ベートーヴェンの“クロイツェル・ソナタ”第1楽章副主題(譜例5‘)の引用。変ト短調で若い二人は恋を語り合い、スル・ポンティチェロで夫が嫉妬する。中間部では高音ヴァイオリンの情熱的な叫びと、半音階的に下降する4分音符5ヶからなる音型(譜例6)が絡み合う。

第4楽章:コン・モート、アダージオ。他楽器が愛の主題(譜例7)を奏でる上で、第1ヴァイオリンは涙にむせぶ。32分音符音型のくり返しは、三人の心の動揺を表し、下降する叙情音型(譜例8)で高揚する。しかし愛の主題は下降連音(譜例9)で断ち切られ、奔馬調の伴奏に乗って破局に向かう。最後は愛の主題が空しく響く。



弦楽四重奏曲第2番「内緒の手紙」
ヤナーチェクは心臓病や関節の痛みを治療するため、1903年から死の3週間前まで、スラヴ風建物が点在する風光明媚な、東モラヴィアのルハチョヴィツェ温泉を、総計24回訪れ、約400日滞在している。ここは療養以外に、鳥の声や森のざわめき、広場での楽団演奏などに耳を傾け、家を離れ老いらくの恋を楽しむ楽園でもあり、数々の名作が生まれた。

1917年7月ヤナーチェクは、カミラ・ステッスロヴァー(1891~1935)という人妻と運命的な出会いをする。第一次世界大戦中、骨董商だった彼女の夫は、温泉地西北80キロの町プロスチェヨフで軍務に服しており、両家は物資の乏しい戦時中、互いに助け合っていた。しかし戦後になると様相は一変する。ステッセル夫妻は、ヤナーチェクのような社会的地位の高い有名人との交際が、商売上の利点になると考えた。教養も音楽への関心もあまりないカミラは、巧みにヤナーチェクを操っていた(巨匠の臨終をみとった彼女は、“内緒の手紙”などの版権を含む、かなりの遺産を相続する)。しかし彼女の存在がなければ、ドン・キホーテ的情熱を燃やした、ヤナーチェク晩年の傑作が生れなかったのだから、カミラに感謝せねばなるまい。
       
当初ヴィオラの代りに6弦のヴィオラ・ダモーレ*を入れ、“恋文”とされていたこの弦楽四重奏曲は、1928年1月29日から2月19日の間に、フクワルディとブルノで作曲された(清書譜の完成は3月13日)。
5月18日(奇数楽章)と25日(偶数楽章)の2回に分け、モラヴィア弦楽四重奏団が試演を行い、ヤナーチェクはメトロノームで速度を測り、訂正すべき箇所をチェックした。その時の印象を“これは炎の中で書かれた、今までのものなど熱い灰の中で・・”と記している。しかし四重奏団員らの願いをいれ、ヴィオラ・ダモーレをヴィオラに直し、7月13日に修正版を作成した。

ヤナーチェクは、カミラのいる南ポヘミアのピーセクで、ボヘミア弦楽四重奏団に初演させたかったが(ティレル氏の言)、公式初演は作曲者の死後、9月11日ブルノ見本市会場(4ヶ月前開館)内ホールで、モラヴィア弦楽四重奏団により行われた。


弦楽四重奏曲第2番「内緒の手紙」
弦楽四重奏曲第2番「内緒の手紙」譜例 ※クリックすると大きくなります。

第1楽章:作曲者が“カミラとのはじめての出会い”という、この楽章のアンダンテ主題は、チェロのトリルffの上でのト短調+ハ短調8小節(譜例1)と、ヴィオラのスル・ポンティチェロpppで奏でられる、ハ音を基音とするリディア旋法の6小節(譜例1‘)からなり、第1番冒頭と同じ手法である。コン・モトで上下動する音型(譜例2)、メノ・モッソで優美な下降主題(譜例3)、アダージョの入って(譜例1‘)の変形が変イ長調で現われ、さらにメノ・モッソで抒情主題(譜例4)が現われる。低弦が5連音を奏でたあと、ヴィオラだけがヘ音を引き伸ばし、曲が終ったような印象を与えるが、やがてテンポを速め、高音ヴァイオリンが力強くトレモロを弾き続ける下で、ヴィオラが冒頭主題を回想し、力強く変ニ長調主和音に終止する。

第2楽章:“温泉地の思い出”というこの楽章は、ヴィオラによる変ト長調3/8拍子のアダージオ主題(譜例5)による、三部形式の自由な変奏曲。中間部の5/8拍子プレストでは、ヴァイオリンに活気に満ちた音型(譜例6)が出る。
後半では主題が下降連音を伴って再現し、第1楽章主題+第1楽章の各主題が順次姿を現し、まだ何か続くような不完全な形で終る。

第3楽章:三部形式の変形パッサカリア。揺れ動くモデラート変イ短調9/8 拍子の主題(譜例7)にはじまり、アダージオに入り、第1楽章の(譜例3)の変形である優美な主題(譜例8)が出て、次第に高揚する。主題の再現部では、ピチカートで下降するチェロが印象的。作曲者はこの楽章を“甘美な憧れ”としており、温泉宿テラスのロッキングチェアで、幸せそうにまどろむ、ヤナーチェクの姿が目に浮かぶ。

第4楽章:ABACACa’c’という変則的なロンド形式。Aは変イ短調+変ハ短調の舞曲(譜例9)。Bは叙情的な下降音型(譜例10)。Cは第2ヴァイオリンの重音ピチカートにはじまる表情豊かな主題(譜例12)。その間に2,3の挿句があり、とくにトリルで飛び跳ねる鬼火(人魂)のような音型が(譜例11)、随所に顔を出し、重要な役目を果たしており、変ニ長調主和音で終止する。
ヤナーチェクはこの楽章を“カミラを失うおそれと、それが満たされる望み”としているが、舞曲にはじまり、後半、全楽器によるスル・ポンティチェロ、トレモロfffあとの3度音程の執拗なくり返し、コーダでホ音(耳鳴)を持続させるなど、スメタナの”わが生涯より“フィナーレを連想させ、作曲者の迫り来る死への恐怖と、生への執着が感じられる。 
     
1998年、第33回ブルノ国際音楽祭期間中の9月26日に、南モラヴィアのナームニェシチ城内ホールで、C・スタミツのソナタなど、すべてヴィオラ・ダモーレを含む作品が演奏され、最後にJ・A・カラブレーズとクビーン弦楽四重奏団員により、初版による“内緒の手紙” が初演された。冒頭ヴァイオリンのテヌートが、ピチカートで爪弾かれたのには驚いた。聴いたあとには何かもやもやした違和感が残った。

注:大バッハの時代から愛用され、レオポルド・モーツァルトが“夕暮れの静けさの中でとくに魅力的”と述べている、ヴィオラ・ダモーレ(共鳴弦つき7~6弦)を入れた弦楽四重奏曲を、C・スタミツやF・A・ホフマイスターらが書いている。現代でもヒンデミットやマルタンらに、この楽器を用いた作品がある。オペラにも登場し、極めつけはエルケル1852年作の「バーンク・バーン」第2幕、メリンダの別離のアリアを伴奏する四重奏に、ホルン、ハープ、ツィンバロムとともに用いられている場面である。

演奏時間
年代 団体   1番  2番
1961 ノヴァーク 17: 29  27: 00
1963 ヤナーチェク 17: 28 25: 56
1992 ヤナーチェク 18: 02
1990 ヤナーチェク 17: 16
1976 スメタナ 16: 18 24: 16
1978 スメタナ 16: 38 25: 07
1989 ターリヒ 17: 22 25: 41
1991 シュカンパ 17: 14
1992 ドレジャル 18: 06 26: 34
1993 メロス 26: 11
1995 アベッグ 18: 31
1996 ヘルシンキ 18: 31 22: 44
1997 プラジャーク 17: 10
1998 クビーン 26: 36
エンドレス 18: 37
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[ 2009/11/28 09:30 ] 音楽解説(チェコ音楽) | TB(-) | CM(-)



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