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ドヴォジャーク:チェロ協奏曲

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1892年9月末、サーバー夫人の経営するニューヨーク・ナショナル音楽院に招かれたドヴォジャークは、翌1893年12月「新世界交響曲」を書き上げた。1894年夏には休暇をとって帰国し、5月末から10月中旬までボヘミアで過ごした後、ふたたび渡米し、11月上旬から翌年2月上旬にかけ、アメリカでの7番目にして最後の作品である、不朽の名作「チェロ協奏曲」を完成した。

これは親友のチェロ奏者ウィハン(1855~1920)を念頭においたもので、ボヘミア色豊かな望郷の歌であり、作曲者の魂の告白である。また独奏チェロに至難の技を要求しているとはいえ、オーケストラ・パートも重要な役割を占め、ドヴォジャークの「イタリアのハロルド」ともいえる。

1893年9月ナイアガラの滝を見た頃のドヴォジャークの頭には、交響曲ロ短調、チェロ・ソナタもしくはソナチネ、あるいはオーケストラのための協奏曲の構想があったらしい。しかしチェロ協奏曲作曲のきっかけになったのは、1893年3月9、10の両日、ブルックリンでザイドル(1850~98)指揮するニューヨーク・フィルの演奏会で、ハーバートのチェロ協奏曲第2番作品30(作曲者が独奏)を聴いたことである。アイルランド人作曲家ヴィクター・ハーバート(1859~1924)は当時、同じ音楽院でチェロを教えており、二人は互いに尊敬し合い、深い友情で結ばれていた。

ハーバートの協奏曲の第2楽章主題と、ドヴォジャークの第1楽章主題との類似性(譜例1)、3本のトロンボーン、チューバ、トライアングルを加えたオーケストレーションなどの類似性が指摘されている。

この協奏曲の作曲中にドヴォジャークは、愛する義姉ヨゼフィナ重病の報に接し、彼女が愛唱していた「4つの歌曲」作品82, B157の第1曲「私にかまわないで」(譜例2、第1楽章副主題にも類似)を引用していたが、1895年末、最終的に帰国して程ない5月27日の彼女の死を悼み、6月11日、親友の判事の住むピーセクの町で、フィナーレのコーダ448小節以降の4小節を、新たな60小節で置きかえ、ソロ・ヴァイオリンとフルートのユニゾンで、もう一度この旋律を歌わせた(468~473小節)。ちなみにプラハで活躍したモーツァルトやウェーバー同様、ドヴォジャークも愛する人の妹と結婚している。

ドヴォジャークは同年8月、ウィハンを含むボヘミア弦楽四重奏団のメンバーと、ピルゼン南約30キロのルジャニ村の館に、建築家J・フラーフカ(1830~1908)を訪れ、ピアノ伴奏を受け持ちこの曲を試演した。ウィハンは第1楽章の数ヶ所のソロ・パートで、自分が改作したものを示し、とくにフィナーレの結尾に長大なカデンツァ(59小節)を入れるよう提案した。作曲者は第1楽章ではいくつかの変更を受け入れたが、結尾の変更は頑として拒否した。

したがって初演の独奏者はイギリスのレオ・スターン(1862~1904)となり、彼はまずドヴォジャーク指揮のもと、1896年3月19日、ロンドンのクイーンズ・ホールでのフィルハーモニー協会のコンサートで、ついで4月11日にはプラハ国民劇場オーケストラの演奏会でこの曲を弾いた。

ウィハン自身も3年後の1899年1月25日、オランダでメンゲルベルク(1871~1951)の指揮で弾き、同年12月20日にはドヴォジャークの指揮により、ブダペストで演奏している。



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第1楽章:アレグロ、4/4拍子、ロ短調、ソナタ形式。
クラリネットのくすんだ主題に始まる。牧歌的な副主題は独奏ホルンで奏せられ、オーケストラのみの最後に、指揮者のチェコ音楽への理解度が試されるリズミカルな舞曲が現われる。再現部ではトランペットの華やかなファンファーレが印象的である。

第2楽章:アダージオ・マ・ノン・トロッポ、3/4拍子、ト長調、3部形式。
1)眼前にはライラックやマロニエが咲き乱れる、ヴィソカー村の田園風景が広がる(クラリネットの主題=第1楽章主題と関連)。彼の胸には望郷の念がこみあげてくる(チェロの上昇音型3回)。それは消え入らんばかりとなるが、ふたたび激しくなる(八分音符の半音階的下降=第1楽章17, 18小節に既出)。しかしツグミの囀り(フルート)で心静まる。別荘地を出てカシの並木道を通って松林に入ると、義兄コウニツ伯の白い館の前にヨゼフィナが立っている。

2)彼は激情に襲われる(ティンパニを伴うffトゥッティ4小節ト短調、これより中間部)。時は流れ、かくもみじめな姿になってしまったが、若い魂のあらん限りを燃やして愛したヨゼフィナ! 彼は「私にかまわないで」を歌い(チェロ、ト短調~変ロ長調)、彼女の心は震える(ヴァイオリンの32分音符アルペッジョ)。ついでヨゼフィナ(フルート)も加わり、愛の二重唱となる(変ロ長調~変ロ短調~変ニ長調)。二人の心は燃え(ヴァイオリンとチェロの上昇2回)、半音階的下降を経て、ふたたび激情の嵐となる(ロ短調、ティンパニなしのffトゥッティ4小節)。今度はヨゼフィナ(クラリネット)が最初に歌い(ロ短調~ニ長調)、彼の心は震える(テヌートをきかせた32分音符チェロのアルペッジョ)。

3)しかしこの幻も、やがて冷たい霧の中に消えてゆく(ホルン三重奏で第1部の再帰)。彼は重い足どり(低音弦のピチカート)で運命(アルコ三連音)を引きずりながら、セントラル・パークをさ迷い、若き日を偲び涙にむせぶ(カデンツァ)。だがふたたび故郷の小鳥の声(フルートのトリル)を耳にして心晴れてゆく。最後(コーダ)ペンタトニックで下降するチェロのハーモニックスは、前年に他界した畏友チャイコフスキイへの哀悼の賦=悲愴交響曲の引用である。

第3楽章:アレグロ・モデラート、2/4拍子、ロ短調、ロンド形式。
A(行進曲)~B(舞曲)~A~C(叙情的な田園詩)~A~コーダ(ヨゼフィナ主題を含む)。

(「レコード芸術」1990年1月号、2007年補筆)


ドヴォジャークは若い頃、プラハの金細工商チェルマーク家の二人の娘に、ピアノと歌を教えていた。密かに慕っていた姉のヨゼフィナ(1849~95)は、コウニツ伯爵(1848~1913)と結婚してしまったので、彼は妹のアンナ(1854~1931)と結婚した。

作品82. B.157の「4つの歌」(1887~88年作)は、ミュンヘンの女流作家でチェコ詩の翻訳家でもある、マリブロック=クラインシュロット=シュティーラーOttilie Malybrok-Kleinschrott-Stielerの詩集Lyrische Gedichte und Übertragungen nach böhmischer Kunst- und Volkspoesieの抜粋を、ノヴォトニーV・ J・Novotný(1849~1922)がチェコ語に訳したものによって
*************


Kéž duch můj sám
孤独な私の魂に(私にかまわないで)


Kéž sám a sám duch můj by sníti směl
kéž v srdci mém tu rozkoš nikdo neruší,
ó přejte blaho vše i bol ten mé duši, 
jež lká i jásá, co jej zrak můj zřel ! 
 
孤独な私の魂に 夢見が許されますように、
私の心のこの悦楽を 誰も妨げないといい、
すべての幸せを 願って 私の心のこの痛みも、
私の魂は目にする痛みに 苦しみと喜びの声をあげる!


Kéž duch můj sám ! Neplašte svatý klid
v mých ňadrech svými zvědavými slovy,
mé blaho rajské nikdo nevypoví:
s obrazem lásky své chci sama být !

孤独な私の魂に! 胸のうちなるこの静けさを
物知りたげな言葉で 追い払わないでほしい、
私のこの無上の幸せは だれにも言いつくせない:
愛の面影を胸に 私は独りっきりでいたい!


Zář svitla kouzelná mi v duši mé:
slast‘ onu nelze líčit, jež mne jala,
již jeho láska ve mě rozpoutala,
zář lásky té mně plá, mně jediné !

魅惑の光は 私の魂の中で 輝いていた、
私を捉えたこの喜びは 言葉では言い尽くせない、
この人の愛が 私の心の中で この喜びを生みだし、
この愛の光が 私ひとりだけを 燃えたたす!


Kéž sám a sám duch můj je stíží tou,
jež plodí žal i po tmách jasné světlo,
a kdyby srdce tvé, vše k smrti hnětlo:
ty sama víš, co tak tě činí blaženou !

孤独な私の魂が この心の重みとともに あってほしい、
それは悲しみと 闇のあとでも 明るい光を生み出す、
あなたの心を すべてが死の苦しみへと 追い立てるとき:
あなたにはわかるだろう 幸せをもたらすのが何かを!


Kéž sám a sám duch můj by sníti směl !
Mne v lásce má ! Ten svatý mír mi přejte,
jejž dává slovo to, a víru mějte,
že bez něho by touhou duch můj mřel.

孤独な私の魂に 夢見が許されますように!
あの人は私を愛している! この静けさを私に願ってほしい、
その約束をして 信じてほしい、
それなくては 私の魂は 焦がれ死ぬだろう。
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[ 2008/01/27 11:56 ] 音楽解説(チェコ音楽) | TB(-) | CM(-)



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