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青髭公の城A kékszakállú herceg vára

青髭の物語は1697年にペローCharles Perrault(1628~1703)の書いた「マ・メール・ロワ」の中に含まれている周知の話で、この青髭は七たび結婚した裕福な貴族ということになっている。結婚後ほどなく彼は、花嫁に決して開けてはならぬという部屋の鍵を渡して旅に出る。しかし花嫁は好奇心から扉を開け、中に以前の六人の妻を見出し、驚いて鍵を落とす。鍵は血で赤くなり、拭けば拭くほど汚れてしまう。旅から帰った夫は、さびている鍵に気づき、花嫁に祈りの後に死ぬよう命ずるが、彼女の二人の兄が助けにきて青髭を殺す。

この話はブリュターニュに源を発する。中世以降、南部ブリュターニュ地方に、この妻殺しの次第とその最後についての幾つかの話が伝わっていた。15世紀になり、この妻殺しの性格と記録は、“レ”の男爵ジル・ド・ラヴァルトという人物に結びつけられた。この人物の1440年の裁判と処刑とは、当時一大センセーションを巻き起こした。1396年生れのジル・ド・レは、ブリュターニュの上流貴族階級に属し、当地の半独立支配者だった伯爵と姻戚関係にあった(ブリュターニュがフランスに統合されるのは15世紀以降)。

若い頃、彼はシャルル五世の宮廷に出入りし、1429年にジャンヌ・ダルク側にあってオルレアンの戦いに参加した。戦後ブリュターニュの領地に引退したが、その頃から彼にまつわるスキャンダルが噂されはじめた。彼の召使だった老婦人は、領地の子供たちが城へ行ったきり、跡形もなく消えてしまったのを、しばしば目撃している。ついに1440年ナントの大画家の妻の弟が、大の音楽好きのジル・ド・レの城の寺院付属の少年合唱団で、歌うよう誘われたまま帰ってこなかった折、少年の姉は当局に訴え出、“レ”はナント司教裁判所に引き出された。法廷では疑わしき状況のもとに消された子供たちについての、多くの訴えが聞かれた。ついに“レ”は自白し、約150人の生き残りの少年たちが、城のあちこちから発見された。男爵の告白によれば、子供たちを殺すのは、彼が執着していた礼拝の儀式の一部だった。彼は絞首刑に処され死体は杭の上で焼かれた。歴史上の青髭の妻は一人だけだったらしい。しかし土地の人はこれに妻殺しの話を結びつけ、彼の犠牲の中に七人の妻が加えられた。

 ジル・ド・レについての後の民話は、彼の若き隣人トレメアックの伯父オドンが、許婚のレルミニエールのブランシュと共に彼の城を訪れた。よこしまな“レ”は客人を土牢にぶち込み、震えている少女を礼拝堂に連れてゆき、結婚式を行おうとした。彼は立派に装い、美しい赤髭を蓄えていた。ブランシュは神父に結婚の儀を行わないようせがんだが、“レ”は強行しようとし、富と城と国を与えようと言ったが、彼女は拒んだ。彼は身も心もすべて捧げ、ようやく彼女を承諾させた・・すると少女は姿を消し、代りにサタンが彼に魂を求めていた。彼の見事な髭はとたんに老人のように青くなってしまった。オドンが許婚といって連れてきたのは悪魔だったのだ。オドンは逃れ一族を引き連れて城に押し寄せたが、サタンは逃げ去ってしまった。

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バルトークBartók Béla(1881~1945)がテキストにしたバラージュBalázs Béla(1884~1949)の「青髭公の城A kékszakallú herceg vára」は、この伝説的題材からは遥かに隔たっている。形式的には奇妙なアマルガムだ。語法は古代詩的で、節は8シラブルから成り、4拍子はフィンランドの民話的伝説カレワラや、腐敗していない民衆の真の詩的遺産の見本として当時、真剣に研究されていた古いハンガリーのバラッドなどと同様のものである。20世紀初頭バルトークとコダーイは、田舎の真に純粋な形での民謡の系統的探求をはじめていた。しかし素朴な民族性は、あまりにも洗練された複合的具象化とともに、伝えられるアイディアに満ちている。欲望と殺人の古典的な物語は、純粋に心理的な多くの象徴的意味を持った劇に昇華されている。

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聴衆は、古代民話的に書かれ、音楽なしに貴族大衆を前に行われていた、吟遊詩人のように語られるプロローグによって、何が起こるかについて注意を促される。これは伝説の最初のような翻訳不可能な呪文:“なぞ、私の謎”なんて風にはじまる。
“何が起こるかが謎なのだ。昔々それがどこで起きたのか、あるいは起こらなかったのか。それは心の中でか外でか。古い話は何を意味するのか。あなたの前に舞台がある、あなたの中にも。心の前にある瞼のカーテンを開けよ。あなたがそこに見るのは何か。あなたが外界に見るものは、心の中でも演ぜられている!”

外界で荒れ狂う戦さへのプロローグ、それはこのオペラの初演に終った第一次世界大戦と関連している。題材も音楽も戦前に完成されていた。プロローグは明らかに初演の時に書かれた。そして戦いについての部分もその時変えられた。“われわれを殺すのは外界における戦いではない”と詩人は言う。死もまた魂の中で・・・

このオペラには二人の人物:青髭と、許婚を捨て青髭についてきたユディットしか登場しない。彼女が青髭の城に着くと、彼はユディットに帰るよう警告する“ここは陰気でお前の父母のところのように美しくはない”と。しかし彼女を思いとどまらすことはできない。“青髭と生きるために過去のすべてを擲ってきたのだから”と。ここには陽の光は射さず、彼女の惹きつける何物もない。許婚といたら花咲く園を陽光を浴びて歩めたろうに。青髭のものとなったからには、彼女は青髭の悲劇の生活を分かち合わねばならぬし、城の陰鬱さを除くためにも献身せねばならぬ。

古い物語の象徴的意味はこのように展開される。青髭は男性の悲劇像を代弁している。彼は喜びと満足を見合さねばならぬ。そして大いに苦しまねば。真理を探究して幸福を犠牲にさせられる。喜びなき真理の頑固な探究者たる本質的な男性としての青髭を、彼女は愛し、彼に生活を調和させ幸福を捧げようとする。

ペローの話の中で青髭は、禁足の部屋への鍵を渡して花嫁を試している。女としての彼女はこの誘惑に勝てない。人々はこのゆがんだ皮肉なゴールの話の中に、永遠の女性を見るだろう。バラージュの詩の中では同様のモチーフが“女性”を表すに、さらに高いレベルで用いられている。ユディットは青髭に、暗い城の秘密の部屋の鍵を全部渡すよう求める。ここでの鍵は一つでなく七つある。彼女はドアを全部開け、恐ろしいが青髭の秘密を共有しようとする。“あなたを愛すればこそ! 鍵を全部下さいな”。隠れ探すのゲームがはじまる。青髭は彼自身の中に自分の秘密をとっておこうとするが、ユディトは何も隠さないよう求める。

青髭は拒むことができず、すべてのドアが次々と開かれ、秘密が暴かれる。第一に拷問部屋、青髭は情け容赦なく残忍だ。しかしすでに述べたように、それは心の中の問題である。青髭の課するのは心の呵責だ。つぎにたくさんの武器の並んだ兵器庫が暴かれ、そのあと金や宝石に満ちた宝が。青髭は戦う王であり、巨万の富の持主である。しかしこれらは文字通り解するより、はるかに象徴化されている。青髭は悲劇的男性ではあるが、創造的でもある。彼は天才であり芸術家だ。お伽の国のように、花に満ちた庭園が現われる。しかしその大地は血塗られているーー苦しみの地から生れた美しさ。他のドアは広大な風景を見はるかす。青髭の王国、これは夜明けから日没、月や星という森羅万象を包含する。ブリュターニュの物語で“レ”がなしたように、彼はこの富のすべてを花嫁に与える。創造的男性が世界のように広い心の中のステージの、宇宙の王として示されている。ここにも悲劇的なアクセントが導入されているーー雲は血で汚れた影を投げている。

ユディットの探求はここでクライマックスに達する。拷問具と生気のない富から出て、今や彼女は陽のさす、美しく広大な世界の生き生きした場に来た。しかしここに、より深く悲劇的な謎がはじまる。

二つの残されたドアも開かるべきだ。青髭はそれらの背後にあるものが、ユディットの心を破るだろうと知っているが、隠すことができない。一つの扉の蔭には広い静かな湖――涙の湖がある。これは青髭の世界――無限の悲しみのエッセンスでなくて何だろう。第七の扉の蔭には何が? ユディットはそこに、噂によれば彼が殺したかつての妻たちがいると感ずる。彼女は狂ったように叫ぶ“噂は本当で、最後のドアの蔭に青髭が殺した妻たちの遺体があるに違いない”と。青髭は、この扉を開けれはユディットとの間柄も終ると思ったが、ドアを開けかつての妻たちを暴く。しかし女たちは死んでいなかった。バラージュの詩では、邪悪な妻殺しという青髭の昔話の中心主題が、悲劇的、創造的男性の典型にまで高揚されている(同様のことはレナウのドン・ファンにも見られる)。ついでながらオッフェンバッハの劣悪なオペレッタ(1866年作)では、妻たちは長生きし、彼の下男が彼女たちを、小じんまりしたハーレムに隠してしまった。しかしバラージュのテキストでは、かつての生き生きした姿という、現世的なセンスで、妻たちは生き永らえてはいなかった。彼女ら三人は、第七の扉が開かれると、宝石をちりばめた衣服と高価な冠をつけて出てくる。ユディットは彼女らの威厳と美しさに圧倒され、自分のみじめな姿を哀れに思う。しかし青髭は彼女に語りかける:私はこの三人の女にそれぞれ朝と昼と夕べに出会った。ユディットはこれに、彼女らの中でもっとも美しい夜の女王として加わるだろうと。そして彼女に王冠と服を与えた。彼女は三人の女性とともに、第七の扉の中に消え、青髭にとって永遠の夜のみが残る。かくてオペラは終る。

ユディットの望んだように、女はだれも青髭に喜びも幸せも齎し得なかった。女性は暗い秘密の城の奥底で、男性の魂を象徴する永遠の美として崇められる。青髭の女たちは花を咲かせ、宝を豊かにする、すなわち創造的男性のインスピレーションの源である。しかし生身の女性は彼と生命を共有できない。ただ理想化された形見として存在するだけ。物質的意味ではなく心の内なる舞台で、青髭は妻たちを殺していたのだ。悲劇の男は女性に満足を見出すことはできぬ。これが昔話に隠された意味である。

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バルトークの音楽は、音の媒体のもとに演技の象徴的意味を示している。二人の声部はむしろリズミカルな話法といった方がいい(シェーンベルクのシュプレッヒ・シュティンメとは異なる)。二人は交互に語り合い(最後の数小節のみでいっしょになる)、互いに情熱と憧れと不安を対話の中でぶちまける。しかし彼らはあくまでも別々にかけ離れており、いっしょにはなれない。男は女の憧れを満たせはせぬし、女はいかに情熱に努めても、男の秘密を理解できない。向こう見ずの追求、だが発見できず、希望もなく孤独の中に引き下がることが、悲劇の最後に表されている。

しかし音楽の本質的内容はオーケストラの中にある。劇の中心的性格は事実“青髭公の城”自体――すなわち男の魂である。バルトークのオーケストレーションは、城とその深みに隠されている恐怖を描いている。音楽の各抑揚、各節は、城内を通りつつ語り、経験したことを喚起する。これらは極度に切りつめて書かれているから、ここには音楽の詰物はなく、舞台の上で劇と関係のない一音だってない。

かくてアクションの展開する各場面は、それ自身の色彩と雰囲気を持っている。ユディットの運命的決断にはじまり、運命の問いの種々の段階を通して進行し、涙の湖の音楽において、耐えられないほどの激しい絶望に達する。そのあと緊張は解け、問いと闘争は終り、永遠の夜のとばりが降りる。

ハンガリー語で述べられる吟遊詩人のモノローグ、静かなペンタトニックの前奏にはじまり、第1扉を開けるまでのクレッシェンドの興奮、扉の奥からのかすかな“ためいき”、扉が開くとクラリネットとフルートによるオクターヴのトリル。第2扉が開き、爆発的なフル・オーケストラの響きとトランペットの叫び、木管と女声のかけ合い。第3扉でのチェレスタ、ヴァイオリン、ホルンの印象的な響き、第5扉のオルガンを交えたトゥッティの圧倒的な音響。第6扉のアルペッジョ。第7扉への不協和音の高まりは、扉が開くとユニゾンに落ち着き、懐かしいあきらめの音楽が、ハープの音に乗って奏でられる・・・これらすべてはわれわれの肺腑にしみ込み、焼きつけられる。

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この作品は一般的概念でのオペラではない。舞台上にほとんど動きはなく、テキストは二人の間の対話に過ぎない。しかしこの作品はオペラ史上類例を見ないほど、狭い空間で劇的な緊張を生み出している。だがこの曲が作られた時、審査員たちは“演奏不可能!”と叫び、作品をつき返し、作曲者をいたく憤慨させた。自分たちよりやや頭の優れた作曲家が出現する時、くり返される常套句だ。
 コダーイは“この作品を聴いて感ずるのは、もう一度聴いてみたいという欲求だけである”と漏らしたそうだが、音楽的にも心理学的にも、非常に興味深い作品である。この音楽を聴いていると、人間の宿命、運命のはかなさがひしひしと感じさせられる。とくに最後の諦観の場面では、淋しくやるせない気持ちで胸がいっぱいになる。

(1955年、北海道空知郡上砂川町にて)

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1951年9月、札幌松竹座でメニューインの弾く、バルトークの無伴奏ヴァイオリン・ソナタに衝撃を受けた私は、三井砂川鉱山病院で駆け出し医をしていた1950年代には、もっぱらバルトークの音楽に傾倒していた。

バルトーク協会のLP:「44のヴァイオリン・ドゥオ」「かかし王子」「ヴィオラ協奏曲」「青髭公の城」「カンタータ・プロファーナ」「ヴァイオリン・ソナタ第1番」などを、銀座の日本楽器経由で求め、毎日聴いていた。

2万円足らずの月給に1枚3300円は痛かったが、感動はそれを遥かに超えていた。バルトークの息子ピーターが経営するこの協会のレコードは、音質を考えてレコードの中心付近までは使わず、ヴィオラ協奏曲(BR309)などは片面10分程度という贅沢なものだった。片面約15分づつの「青髭公の城」(BR310~11)では、未知のハンガリー語の美しさにに魅せられた(ハンガリー語を習得するのは1970年代に入ってから)。劣悪なレコード針で聴いていたため1年ほどで盤が擦り切れ、現存するのは2度目に注文したものである。前口上入りの演奏は、W・ジュスキント(1913~80)指揮するロンドン新交響楽団で, ユデイットはJudith Hellwith, 青髭をEndre Koréh(1906~60)が歌っていた。

(2007年12月18日記)
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[ 2007/12/10 12:38 ] 音楽解説(一般) | TB(-) | CM(-)



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