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1.大オーケストラ作品

1.大オーケストラ作品

オペラ、バレエ組曲は別として、M.のオーケストラ曲は40を数える。『収穫祭』(1907年)に始り、『過ぎ行く夜半』(20~22)に終る第1期の9曲は、フランス近代音楽の影響の強いものである。

1940年までの第2期、フランス時代の20年代には、『ハーフ・タイム』(24年)に代表されるように、ストラヴィーンスキイやジャズの手法を駆使した、モダニズムの傾向が強く、30年代に入ると新古典様式と、チェコのンフォークロアを用い、代表作「コンチェルト・グロッソ」(37年)や『二重協奏曲』(38年)をはじめ、室内楽の編曲も含め16曲を書いている。

第3期のアメリカ時代(41~53年春)の10作品は、6曲の交響曲に見られるように、精巧なオーケストレーションによる、重厚で円熟したものであるが、頭部外傷後の後半の作品には、ハイドン風の軽妙さも出ている。
それ以後の6年間の第4期の5曲は、幻想的な新印象派的作風で、望郷の念に満ちた心温まるものである。なお交響曲中3,5,6番は3楽章形式で書かれており、『フランチェスカのフレスコ画』(55年)、『寓話』『版画』を、第7,8,9交響曲とみなすこともできる。

交響曲第1番 H.289, 1942(4楽章)
交響曲第2番 H.295, 1943(3楽章)
交響曲第3番 H.299, 1944(3楽章)
交響曲第4番 H.305, 1945(4楽章)
交響曲第5番 H.310, 1946(3楽章)
交響曲第6番 H.343, 1953(3楽章)
1楽章の交響曲H.45, 1913/ 14
バラッド「海辺の館」H.97, 1915(交響的舞曲第4番)
過去への夢Sen o minulosti H.124, 1920
過ぎ行く夜半Míjející půlnoc H.131, 1922(3つの交響詩)
ハーフ・タイムH.142, 1924(ロンド)
ラ・バガール(アレグロ)La Bagarre H.155, 1926
ジャズH.168, 1928(1楽章、アレグロ・モデラート)
狂詩曲 H.171, 1929(アレグロ)
シンフォニア・コンチェルタンテ(2 orch.)H.219, 1932
インヴェンション H.234, 1934(3部)
リヂツェ追悼曲Památník Lidicím H.296, 1943
戦闘機サンダーボルト H.309, 1945(スケルツォ)
インテルメッゾH.330, 1950
序曲H.345, 1953
フランチェスカのフレス画H.352, 1955(3楽章)
岩Skála H.363, 1957
寓話Paraboly H.367, 1957/ 58(3楽章)
版画Rytiny H.369, 1958(3楽章)

1.交響曲
Mは1913年から14年にかけ故郷のポリチカで、後期ロマン風の「1楽章の交響曲」H.90(約9分)を書いているが、実際に交響曲といえる作品に手を染めたのは、50歳になってからだった。それらは1942年から46年まで、毎年1曲づつのペースで第5番まで書かれていったが、46年夏の事故で中断してしまう。したがって第6番の完成はづっと後の1953年に持ち越された。

ハルプライヒは各交響曲を、1番:叙事詩的、2番:牧歌的、3番:悲劇的、4番:叙情的、5番:明暗交錯、6番:幻想的と特徴づけており、「楽章数」は、1, 2, 4番は4楽章, 3, 5, 6番は3楽章からなっている。
第4番は楽しげな音色、色彩豊かのオーケストレーション、バランスのとれた形式ゆえに、演奏される機会がもっとも多い。各曲の随所にドヴォルジャークの「レクイエム」冒頭主題が引用されているのも特徴の一つである。
「楽器編成」は、木管は2, 3番で3332、 1, 5番で3333、6番で4333、4番で4432。金管はすべて4331、打楽器は全6曲にティンパニ、バス・ドラム、サイド・ドラム、シンバル、トライアングル、タムタム、1番と6番にタンバリンが加わる。ピアノは6番以外にあり、ハープは4番以降には含まれない。他に弦。

「演奏時間」は、最長が約35分の1番、最短は約25分の2番で、それ以外は30分前後となっている。
「本邦初演」は以下の順で行われてきた。
5番:1953年10月 8日、上田仁、東京SO
4番:1975年 5月14日、サワリッシ、NHK.SO
6番:1975年12月10日、ビエロフラーヴェク、日本フィル
1番:1979年 5月25日、ビエロフラーヴェク、日本フィル
3番:1984年7月17日、イーレク、読売SO
2番:1998年11月21日、ヤルヴィ、デトロイトSO(豊田市)


第1交響曲 H.280

1941年9月半ばからロング・アイランドのジャマイカに滞在していたマルチヌーのもとに、翌42年初頭、「コンチェルト・グロッソ」など、彼の作品をしばしば演奏していたクーセヴィツキーから、作曲の依頼が舞いこんだ。これは夫人ナターリアの死を悼んでの、ボストン・クーセヴィツキー音楽財団の企画だった。依頼は単に“大オーケストラのための作品”だったが、マルチヌーは交響曲の作曲を思い立った。ボストン交響楽団員の中には顔見知りのパリ音楽院出身のフランス人が40人もいて、渡米直後の4月初めにマルチヌーは、カーネギー・ホールで彼らの演奏する「プラハ交響曲」と「ダフニスとクロエ」第2組曲を聴いて、大いに感激していた。また以前にもミュンシュに、交響曲もしくはオーケストラ用のスラヴ舞曲集の作曲を勧められていた。

ブラームス(43歳)、ヒンデミット(45歳)、ストラヴィーンスキイ(58歳)のように、晩年になってこの交響曲を書くにあたり、Mはアンダスン著の「オーケストレーションの手引」や、チャイコフスキーの交響曲のスコアを調べていたが、ニューヨーク近郊では落ち着いて作曲できず、冒頭部分が作曲されただけだった。

42年5月になって自信がつき、21日までに第1楽章が完成。6月半ばにブーランジェら友人のいる、ヴァーモント州ミドルパリに移って26日までに、第2楽章を書き上げた。さらにマサチューセツ州マー・キー・ナク湖畔で、7月14日に第3楽章を完成させた。終楽章は8月半ばまでのタングルウッド夏季講習後の9月1日に、マサチューセツ州マノメトで脱稿した。この時は海辺の小さな別荘に滞在していた。

従来のものとは一線を画するこの交響曲は、1942年11月13日、クーセヴィツキー指揮するボストン交響楽団により初演され、故ナターリア夫人に献呈された。チェコでの初演は1946年の第1回「プラハの春音楽祭」で、ミュンシュ指揮チェコ・フィルにより行われた。

第1楽章:モデラート、ソナタ形式。
ロ短調和音が半音階的上昇を3度くり返してロ長調和音に達すると、ヴァイオリンに下降主題が提示される。これは中世ボヘミアの聖歌「聖ヴァーツラフのコラール」を暗示しており、この交響曲全体に頻用されている。副主題は高音木管とピアノのユニゾンで静かに奏でられる。弦楽合奏部分を経て、副主題を中心とした展開部に入り、管と弦のかけ合いが長く続く。低弦の半音階的うねりと、木管およびハープ上下動の対比。やがて木管の奏でる主題の変形である、優美な変ロ長調の下降音型が示される。
主題の再現はなく、弦楽八重奏の部分を経て打楽器も加わり、主題変形が高らかに奏でられ展開が続く。コーダでは冒頭の半音階的上昇が何度かくり返され、ロ長調主和音に終止する。

第2楽章:スケルツォ。
アレグロ、変ロ長調、3/4拍子の主題は、ベルリオーズの「妖精の踊り」を連想させる。優美な副主題は、オーボエ、後半にヴァイオリンで示され、スケルツォ自体が3部構成になっている。

ポーコ・モデラート、6/8拍子のトリオ主題は、歌うようなオーボエによって示される。ハープ、ピアノを交えた繊細な半音階上昇やトリルの間に、トランペットが響く。

第3楽章:ラールゴ、変ホ~ホ短調、3/2拍子。哀歌。
チェロとコントラバスのユニゾンによる、変ホ短調上向音型の前奏のあと、ピアノが低い変ロ音で弔鐘を静かに連打する上で、弦楽七重奏が悲痛な調べを奏でてゆく。これに他の楽器が加わりクライマックスに達する。曲は静まりヴァイオリンの旋律が下降し、イングリシ・ホルンの挿句についで、トランペットが弔歌を吹奏する。冒頭部分が戻りトゥッティとなって高揚し、ティンパニが運命の動機を連打する。最後は半音階上昇音型をくり返し、静かに曲を閉じる。

第4楽章:ロンド・ソナタ形式。
アレグロ・ノン・トロポ、2/4拍子の冒頭部分は、変ホ長調A主題~ヘ短調B主題~A主題という経過をたどる。わずか2小節ドヴォルジャークの「レクイエム」主題をハープとヴィオラが引用してから、静かなカンタービレ部分に入る。イングリシ・ホルンが変ロ長調のC主題を奏で、ハープとピアノが合いの手を入れる。

各楽器の32 分音符による上向音型のパッセージを経て、曲は2/4拍子の奔馬調となり、ティンパニ、トライアングル、シンバルなどを従え、A主題のあとホルンにのびやかな旋律が出る。これが静まりC主題についで、さらに優美な変ホ長調D主題を、ピッコロ、フルートのハープハーモニックスがユニゾンで奏でる。これはモデラートの経過部分をはさんで、もう一度フルート・ソロでくり返され、A主題を主体としたコーダで全曲がしめくくられる。


第2交響曲 H.295
この交響曲の楽想は、第1番作曲中の1942年初頭、ジャマイカ島を散歩していて浮かんだという。しかしこれをもとに第2番を書き始めたのは、1943年5月29日になってからで、緑の木々に覆われた木造家屋が点在する、閑静なコネチカット州ダーリエンで7月24日に完成した。この作品はクリーヴランド在住のチェコ人に依頼され、彼らに捧げられた。形式は第1番よりやや伝統的で単純明快、チェコ的で叙情性に富んでおり、1930年代に多用していたコンチェルト・グロッソの作風を踏襲している。

初演は1943年10月28日、ラインスドルフ指揮クリーヴランド交響楽団により行われた。この時マルチヌーは生まれてはじめて飛行機に乗った。演奏後、チェコの民族衣裳をまとった3人の乙女が、舞台に大きな花を捧げ、作曲者を感激させたという。当日はチェコスロヴァキア共和国独立25周年にあたり、「リヂツェ追悼曲」*注も、カーネギー・ホールで、ロヂンスキー指揮ニューヨーク・フィルにより初演されている。楽器編成は大規模だが、小楽器群が交代で現われる室内楽的スタイルによっている。

第1楽章:アレグロ・モデラート、6/8拍子、簡潔なソナタ形式。
ヘ長調~ニ短調主題は弦で示され、半音階的に下降する副主題が16小節目に現われ、3拍子のリズムで進んでゆく。展開部ではフルートのパッセージ、弦のトレモロ、ハープとピアノのアルペッジオとグリッサンドが目をひく。主部が再現し短いコーダのあと、変ロ長調主和音に終止する。

第2楽章:アンダンテ・モデラート、9/8拍子。
ヴィオラのハ音持続の上で、オーボエとクラリネットが変ホ長調~ハ短調旋律を優しく奏でる。ついで静けさをたたえた民謡風の派生主題を弦楽合奏が、管楽器のうごめきを間に挟み、転調をくりかえしながら延々と奏でてゆく。ポーコ・アニマートからは弦の持続音と、ピアノの変ホ音連打に支えられ、木管の下降音型が何度もくり返される。ポーコ・ピウ・アニマートでこの音型は、木管と弦で同時にフォルテで奏でられ、弦の細かい刻みを背景にピアノが、変ホ、変ニ、ハの3音を4回強く響かす。弦楽合奏を経て最後は、フルートが冒頭主題の変形を静かに回想する。

第3楽章:ポーコ・アレグロ、2/4拍子。
プロコフィエフを思わせるスケルツォ風行進曲。1小節のトゥッティ上向音型についで、トランペットなどの軍楽風リズムに乗って、フルート、オーボエ、ハープにおどけた音型が提示され、ついで第1ヴァイオリンに軽快な変ロ長調主題が出る。これがトゥッティで華やかに展開され、木管の高音から低音へと下降する音型が、何度も反復されたあと、弱音器つきトランペットが「ラ・マルセイエーズ」の断片を奏でる。打楽器の活躍するモトリックなトッカータを経て、主題が再現しハ長調主和音に終止する。

第4楽章:スケルツォ風ロンド。
アレグロ、4/4拍子のイ長調下降主題が楽しげに提示され、シンコペーションをきかせた経過句となる。叙情的な変イ長調副主題が、ソロ・オーボエとソロ・ファゴットのユニゾンで現われ、これに木管四重奏が続く。叙情主題はチェロに受けつがれ、せわしないパッセージが続く。ついで変ホ・変ニ・ハ・ニ・ハ5音のオスティナート音型を中心とした展開が行われる。副主題がフルートに現われ、クラリネット、ハープ、ピアノが半音階上向音型でこれを彩る。5音オスティナートが再現して高揚し、下降主題の変形を第1ヴァイオリンが奏で、ニ長調主和音に終止する。


第3交響曲 H.299
1943年から44年にかけ、マルチヌーの気分は勝れなかった。戦争の見通しは立たず故国からの音信は不通だったから。44年5月1日、夫妻はコネチカット州リッジフィールドのチェリストL・ラポルトの別荘に移り住み、マルチヌーは翌日から、クーセヴィツキーのボストン交響楽団指揮活動20周年を記念する、この作品にとりかかった。26日までに完成した2楽章には、悲痛な気持ちがこめられている。ここは閑静な所で、広い庭には大きな蛇やネズミがいっぱいいたが、日本人コックがおいしいスッポン料理を作ってくれた。
6月6日カナダ放送は、連合軍のノルマンディー上陸を告げた。夫妻はラジオにかじりつきシャンパンを開けた。マルチヌーの憂鬱は霧散したが、嬉しくてしばらく仕事が手につかなかった。しかし6月14日には全曲を書き上げた。

初演は被献呈指揮者と楽団により1945年10月12日に行われた。プラハではカレル・シェイナ指揮チェコ・フィルにより、1949年10月13日に初演された。
ここには故国の悲劇と郷愁が投影されており、「2群の弦、ピアノ、ティンパニのための二重協奏曲」H.271(38年作)、「戦場のミサ」H.279(39年作)、「「リジツェ追悼曲」H.296(43年作)とともに、戦争チクルスをなす作品である。

第1楽章:ソナタ形式。アレグロ・ポーコ・モデラート、3/4拍子。
全曲の核となる冒頭の運命的な、変ホ・変ト・ヘ3音による動機が、ヴァイオリンで奏でられ、これにすぐ木管の動機が続く。ハープとピアノの和音進行が音階的に下降する音型を交えて曲は展開し、中間部にはファゴット・ソロの旋律が顔をのぞかせる。

第2楽章:ラールゴ、3/4拍子、ハ短調~ハ長調。
複合二部形式のバロック風幻想曲。弦楽器のみによる下降音型の導入についで、ヴァイオリンにチャイコフスキーの第5交響曲の冒頭主題が引用され、フルート・ソロが高音でホ短調の優美な旋律を奏でる。ついで、ほとんど全楽器の32分音符を主体とした、細かいトレモロ、アルペッジオの部分が続き、ヴァイオリンが最初の主題を2オクターヴ上で奏で、第2部がくり返され、ハ長調主和音に終止する。

第3楽章:自由なソナタ形式で。
「二重協奏曲」H.271を髣髴とさせる劇的な自由賛歌。トランペットとトロンボーンのユニゾンによる、荒々しい2度の上向4音前奏ではじまり、高音ヴァイオリンに変ロ短調の主題が出る。ハープのアルペッジオ和音進行、弦と管のトリル、トレモロの交替があり、ポーコ・メーノからトランペット、ファゴット、ホルン独奏部分となる。テンポが元に戻るとオーボエに主題変形が出て展開し、冒頭主題がくり返される。アンダンテからはヴィオラ・ソロが延々と続き、ファゴットが対旋律を奏でる。オーボエの優美な旋律についで、高音ヴァイオリンが息の長い旋律を奏でる。

アンダンテ・ポーコ・モデラートの長大なコーダでは、前打音を伴うピッコロ、フルート、ハープ、ピアノのアルペッジオ和音を背景に、オーボエがホ長調の旋律を奏で、金管に冒頭の3音が再現され、ホルンとトロンボーンが交互にドヴォジャークの『レクイエム』冒頭主題を奏で、全曲を閉じる。


第4交響曲 H.305
1945年2月末に、半世紀前のドヴォルジャーク同様「望郷の歌」であるチェロ協奏曲第2番を完成させたマルチヌーは、4月はじめから第4交響曲の作曲にとりかかり、3楽章までを5月下旬までにニューヨーク58番街で書き上げた。それからマサチューセツ州ケイプ・コッドに出かけ、海辺にある数学者A・スヴォボダ博士の木造別荘に滞在し、6月14日に最終楽章を仕上げた。この曲には第2次世界大戦終結と帰郷できる喜びに満ちている。

この作品は依頼主であるジーグラー夫妻に捧げられ、1945年11月30日、オーマンディ指揮フィラデルフィア交響楽団により初演された。

第1楽章:ポーコ・モデラート、6/8拍子、変ロ長調。
賑やかな前奏の中に、長3度和音で主題の萌芽が見られ、短3度下降音型があって、楽しげな主題がヴァイオリンで提示され、弦の下降音型、木管の高音での囀りが続く。これが展開されホルンに渡される。以上がくり返され、上向音型によるエコーのような短いコーダとなる。

第2楽章:スケルツォ、アレグロ・ヴィーヴォ、6/8拍子、ト短調。
スタッカート弦の刻むオスティナートの上で、スケルツォ主題がファゴットに出て、トランペット、高音木管、イングリシ・ホルンと渡され、華やかなトゥッティとなって小休止する。トリオ(モデラート)はヴァイオリンの奏でる、アメリカ民謡を思わす叙情的な下降主題である。

第3楽章:ラールゴ、3/4拍子、変ロ長調。
弦楽合奏による半音階的に下降する、息の長い主題にはじまり、ピアノが弔鐘を鳴らし、弦三重奏によるカンタービレの部分が続く。これが高揚してシンバルが鳴り、次第に楽器の数を増して、管楽器、ピアノは上向アルペッジオをくり返す。ティンパニが轟いて冒頭部分がわずかに顔を出す。弦の上下動、クラリネット、ピアノのトレモロの刻みの上で、オーボエとフルートが天国的な音楽を奏でる。

第4楽章:変形したソナタ形式。
ファゴット、ホルン、金管の沈鬱なハ短調和音の上で管楽器がうごめき、ホルンが短3度で上昇する3音を鳴らし、これをもとにした主題が弦に受けつがれる。これは高揚してフルートとヴァイオリンの奏でる主題となり、音価をのばしてゆく。ついで弦楽合奏でドヴォジャークの「レクイエム」主題の変形を奏でる。これはモトリックな経過句を含んで3度くり返され、タムタムが鳴って冒頭部分が再現され、圧倒的な迫力のうちに全曲を閉じる。


第5交響曲 H.310
これは1946年2月から5月半ばにかけニューヨークで作曲され、翌1947年の「第2回プラハの春音楽祭」期間中の5月28日、クベリーク指揮チェコ・フィルにより初演された。これには作曲者の代理として夫人が出席した。彼女はエスプラナーデ・ホテルに滞在してミュンシュ、バーンスタイン、ズルザヴィーらと会い、画家ムハの息子イジーの住まう西ボヘミアの芸術家村ズビロフに、帰国後の住まいを下検分し、東北ボヘミアのサナトリウムに入所中の義姉マリエを見舞った。この作品は最初は国際赤十字に捧げるつもりだったが、のちに献呈先はチェコ・フィルに変更された。

第1楽章:アダージオとアレグロの緩急テンポが交代する複合2部形式。
導入部アダージオ、4/4拍子では、ホ/ヘ音と変ロ/ロ音の短2度を重ねた不安な和音から、短3度3音による木管とピアノのきらびやかな高音と、トレモロの波が次々と押し寄せる。このパターンはアレグロに入り主題がオーボエで提示されても続く。トランペットが長短3度を4回吹き、ピアノの和音下降進行を経て、ピッコロとヴァイオリンが高音ユニゾンで副主題を奏でる。
アダージオで冒頭部分が再現するが、新たに音価を長くした3音型をファゴットが吹く。アレグロに入り主題は5度上で示され、管と弦ががかけ合ううちにフルートに息の長い優美な旋律が出る。ヴァイオリンに主題が現われ、打楽器が鳴ってコーダ(アダージオ)となり、ホルンと金管が高らかにコラールを奏し、変ロ長調主和音に終止する。

第2楽章:自由なロンド形式、ラルゲット。
ヘ長調3/4拍子の軽快なリズムにはじまり、シンバルとピアノ打音を合図に、低音から高音へと波状的にモトリックなオスティナート音型をくり返してゆくと、プロコフィエフを思わす主題がフルート・ソロに現われる。その後テインパニの刻む音の上に、フルートとヴァイオリンに優美な下降旋律が出て一段落すると、トランペットが鳴り弦が対旋律で応える。打楽器がリズムを刻む後半に入ると、主題がヴァイオリン・ソロで再現され、トランペットについでチェロが叙情的な旋律を奏で、ヘ長調主和音に終わる。

第3楽章:
レント、3/4拍子の導入部は、弦5部がヘ・変ト・変ホ音をもとにカノンで、
チャイコフスキーの「悲愴交響曲」終楽章、5小節目からと同じ音型を延々と重ねてゆく。ホルンなど他楽器も加わりアレグロに入ると、主題断片の予告についで、喜ばしげな下降主題がヴァイオリンで提示され展開される。メーノ・モッソ(ポーコ・アンダンテ)では導入動機が変形して再現するが、やがてピアノの32分音符オスティナートや、弦と木管のトレモロの中に埋没してゆく。アレグロではオーボエにシンコペーションをきかせた副主題が、ピアノやトライアングルのトレモロを伴って現われ、奔馬調のリズムに乗って展開される。やがて主題が再現して高揚し、低音弦に音価をのばした導入部3音型が現われ、ポーコ・ヴィーヴォのコーダとなる。


第6交響曲 H.343
1953年ボストン交響楽団は創立75周年を3年後に控え、ブリテン、ミヨー、ペトラッシ、ヴィラ=ロボス、コープランド、バーンスタインらとともに、マルチヌーにも作曲を依頼した。そもそも「3つの交響的幻想曲」の第1楽章は、51年4月に出来あがっており、本来は「新幻想交響曲」となるはずだったが、ベルリオーズに敬意を表しこの名称を撤回した。マルチヌーは53年春に作曲を再開し4月23日に書き上げた。その直後の5月5日に永年住み慣れたアメリカを離れ、ヨーロッパに帰ってから第1楽章を整理し、オーケストレーションからピアノを除き、5月26日パリで完成した。従来の交響曲に比べ、形式が自由でシンメトリーでなく、モチーフの変容、テンポの交替が著しい。

「第6番」という呼称は外部からもたらされたもので、56年11月7日の故郷への手紙の中で“・・ゆうべプラハからの放送を聴きました。サードロがチェロ協奏曲を弾き、アンチェルは「幻想」をやってましたね、「第6番」といって。すばらしい演奏でしたよ・・・” この伝でゆけば「3つのフレスコ画」(55年作)、「3つの寓話」「3つの版画」(ともに58年作)は、第7, 8, 9番ということになる。

初演は1955年1月7日、ミュンシュ指揮ボストン交響楽団により行われ、ミュンシュに献呈された。この曲は55年中に演奏された最優秀作として、ニューヨーク批評家クラブ賞を得ている。プラハでは56年2月8日、アンチェル指揮チェコ・フィルにより初演された。

第1楽章:ソナタ形式。
レント、3/4拍子の導入部では、フルートと弦の奏でる虫の羽音のような動きを背景に、2本のトランペットの断続音についで、ゆったりした弦の上行形が続きヘ長調で休止すると、独奏チェロがアンダンテの主題を奏し、すぐフルートに受け継がれる。これはドヴォルジャークの「レクイエム」冒頭主題の引用で、全曲の核をなしている。弦がアジタートしたのち、フルートがイ・変イ・ヘ・ニの下降音型を反復して、アレグロの経過句に入る。マルチヌー特有の3度音程反復が随所にみられ、ポーコ・メーノで弦楽合奏がペンタトニックの副主題を奏でる。管も加わって「レクイエム」主題を奏で、オーボエがこれを長く吹き続ける。

アレグロ・ヴィーヴォでの弦が刻みを入れた、管と弦のめまぐるしい交替は、次第にトゥッティへと高揚する。これがおさまり下降して、ピッコロの3度音程反復のうちに、打楽器のリズムにのって独奏ヴァイオリンがカデンツァ風の狂詩曲を弾く。メーノで弦だけが残り副主題、ついで冒頭のレント部分が再帰し、フルートの下降音型のあとヘ長調主和音で静かに終止する。

第2楽章:スケルツォ。ポーコ・アレグロ。
3度音程の間を埋める弦のトレモロの上で、フルートが2度音程で飛び跳ねた後、木管が3連音で上昇をくり返すと、ヴィオラに叙情主題が現われる。やがて3度、2度反復音型がヴァイオリンに出る。トロンボーンのコラールをのせて、弦が低音ピツィカートで上行3連音を刻み、オーボエに変ロ短調の旋律が出る。トランペットが下行音型を鳴らし、トゥッティでせわしなく進んでゆくが、次第に崩れて弦、管のトレモロが交互にくり返されるうちに、ファゴットにおどけた経過句が出る。弦の刻みは次第にトゥッティの波立ちへと増幅され、打楽器を伴う管楽器の咆哮により三たび中断されたのち、叙情主題とこれに続くパッセージが再帰し、タンバリンのサミングを伴う低音のうごめきがあって、曲は変ロ長調主和音のピツィカートで終る。

第3楽章:
短いレントの導入についで、チェロに「レクイエム」主題の反転形が現れ、弦のみによる夜想曲に途中から木管が加わり、フルートが天上の音楽を奏でる。ポーコ・ヴィーヴォ~アダージオに入り、細分音の刻みの中でトランペットが高鳴り、ピウ・モッソで荒々しき経過をたどる。これが静まりアンダンテでは、クラリネットが「レクイエム」主題の反転形を奏し、木管楽五重奏(Cl.2, Fag.2, Hr.1)の「望郷の歌」が続く。

アレグロ~モデラートで、低音に発した半音階上向形はしだいに厚みを増し、全楽器に波及して泡立ち、やがて金管だけとなって、わずかに休止する。次の125~138小節は、オペラ「ジュリエッタ」第2幕5場の45~58小節の引用で、全楽器がふたたびピアニッシモで上行と波立ちを反復する間に、ホルンの重音のうちにトランペットが「レクイエム」主題反転形を吹く。アレグロ・ヴィヴァーチェでトランペットの吹奏がしばらく続き、タム・タムが鳴ってレントとなり、弦のユニゾンのうちにヴァイオリンにまた「レクイエム」主題の反転形が現われ、木管、ホルン、弦が静かなコラールを変ホ長調で奏でるうちに全曲の幕が下りる。


2.交響曲以外の大オーケストラ作品

1楽章の交響曲(大オーケストラのための作品)H.45
1913/ 14年頃ポリチカで作曲された3部構成の作品。全音階的に1音づつ下降するリズムの上で、木管が半音階的に上昇する東洋的な旋律を奏でる4拍子のパッセージの間に、3拍子のゆったりした中間部をはさみ、最後はチェレスタの響きに終る。「ニッポナリ」などと同じオーケストレーションでドビュッシーの影響が色濃く表れている。

バラッド「海辺の館」Villa na moři H.97(交響的舞曲第4番)
1915年ポリチカで作曲。ベックリンの絵による。一番有名な「死の島」の複製はボロヴァー村司祭館にも懸かっていたという。M.は「海辺の館」を原画が収蔵されているソフィア博物館の絵葉書で知っていたという。もとはバレエ三部作の3番目にしようとしていたが、その計画は実現せず、この作品だけが残った。楽器編成:2332- 4031、ティンパニ、大太鼓、ピアノ、弦。ハ短調~ハ長調、4/4拍子。

全曲はゆったりした4拍子に終始する。オーケストラ3音についで、鐘のようなピアノ和音が11回鳴らされ、上弦のトレモロのもとで下弦がうごめき、ピアノが時々入りトゥッティとなって高揚する。これが治まるとオーボエ・ソロを経て、音階的に4度上下動する低音オスティナート(ミレドシ/ ラシドレ)を背景に、「未完成交響曲」類似の5度下降にはじまる主題がヴィオラ、ホルンなどに出て静かに展開する。ついで低音域で上昇する副主題(ラーシドレ/ ミソファミ)が現われ、弦のトレモロ、5度音程の反復音型、時折ピアノが加わり、やや静まる。ティンパニの轟音で主題~副主題が順に再現され、最後は長いピアノ・ソロを経て弦のトレモロに終る。

過去への夢Sen o minulosti H.124
1920年プラハで作曲。チェコ・フィル楽員として、ヴィノフラディ区に住んでいたM.は、同郷の友人に薦められたシマーネクJosef Šimánekの作品に触発され、この曲を書いた。それはサチュロスやニンフが住む前史時代の物語で、「サチュロスたちの茂み」第2部である。

調性はF. G. a. B. D. などと変化し、拍子は3/4(3回)と4/4(2回)が交代、
速度記号もレント~アンダンテ~モデラート~モデラート~アダージョ~ポコ・メノ~メノ・モッソ~アダージョ~グラーヴェ~モデラート~アレグロ~グラーヴェからレントに戻る。
 冒頭フルートの奏でる旋律はまさに「牧神の午後への前奏曲」の引き写しで、木管がナイチンゲールの鳴き声を模し、弦は16分音符の分散和音上下動に、ハープの上向グレッサンドを交え、海鳴りのような森のざわめきを描き出してゆく。その間にホルンの響きについでオーボエが抒情音型を奏で、高音木管が小鳥に囀り、打楽器が加わり高揚する。これが一段落すると:
 狭い音程内で上下する弦楽のみの合奏となり、これはソロも交え最大15部に分かれる。次第に他楽器も加わり頂点に達すると、イングリシュ・ホルン+ホルン+弦楽合奏のみのパッセージを経て、ふたたび弦楽合奏からトゥッティへと発展し、フルート+弦楽合奏となる。ついで:
 ハープの和音進行と弦のトリルを伴い、オーボエに異教的な旋律が出て、テンポを速めるが、テンポが落とすと、弦のトリルを伴うイングリシュ・ホルンのパッセージが来る。次第に高揚するトゥッティが治まると、冒頭のレント部分が再帰し、ト長調主和音ghd+e音に終る。

過ぎ行く夜半Míjející půlnoc H.131
1920年チェコ・フィル楽員としてプラハに出たマルチヌーは、知人の紹介でヴィノフラディ区に住まった。近くには同郷の学生カレル・ソンメルが住んでおり、ある日、彼からJ・シマーネクの「林の中のサチュロス」を借り、これに触発され1922年までに、ルーセルの影響が見られる「3つの交響詩」を作った。第2曲のみを1923年2月18日に、ターリヒがチェコ・フィルを指揮し初演。
1,Satyři v háji cypřišů 糸杉林のサチュルスたち。ニンフたちが結婚を祝う月の夜。
2,Modrá hodina青い時。アンダンテ、ホ短調、6/8拍子~モデラート3/4拍子、アレグロ;。楽器編成は3232- 4331, ティンパニ、大小太鼓、トライアングル、シンバル、タムタム、ハープ、弦。
3、Stíny影。

ハーフ・タイムH.142
1923年秋パリに遊学したMは、翌24年夏休みに帰郷し、1週間でこの作品をしあげた。同年12月7日ターリヒ指揮チェコ・フィルによるスメタナ・ホールでの初演は、賛否両論に沸き、ストラヴィンスキイの剽窃と非難もされたが、翌25年5月17日プラハでの第3回国際現代音楽祭では、“これぞ現代作品!”と激賞された。この作品と、オネゲルの「パシフィク231」(1923年作)および「ラグビー」(1928年作)とは、互いに影響しあっているといえる。
曲は序奏と7つの変奏からなるロンドで、管、打楽器、ピアノが活躍し、
打楽器のトッカータ部分に見られるように、旋律よりもリズムが優先している。冒頭ソロ・トランペットのオクターヴ上昇音型(全曲の核として重要)は、サッカーのホイッスルを暗示し、さまざまな音域を1音程づつ上下する各種音型が出没する。印象的なのはVlの刻むト音の連続と、2度音程の反復、ピアノの先導される「ペトルーシュカ」風音型(82小節)、4度を加工するチューバ、打楽器のトッカータ、小休止後のアンダンテ(173小節)での低音のうごめき、2度と4度の交代音型、全音階で4度を上下するトゥッティのトレモロ(298小節)、弦の刻む「春の祭典」様の変拍子(326小節)などで、最後は速度をあげ、圧倒的迫力のうちにハ長調に終止する(全480小節)。

ラ・バガールH.155 Mが1926年5月パリで仕上げたこの作品で表現したかったのは、「・・興奮、争い、喜び、驚きのルツボ、共通の感情、すべてを前に押しやる目に見えない絆、大衆を予期せざる抑えがたい出来事に満ちた唯一の要素へと駆り立てるカオス・・・」だった。彼はこの作品のスコアをパリの大通りのカフェで、クーセヴィツキーに手渡し、演奏してくれるよう頼んだ。作曲者は翌27年5月末のリンドバーグの大西洋横断飛行を讃え、この作品を献呈した。同年10月18日のボストンSOによる初演は大成功をおさめ、Mの名前をアメリカに知らしめた。
 曲は下降三連音の早いリスム・オスティナート部分と、表情豊かな歌謡的旋律が巧みに交替するアレグロで、ピアノが輪郭とリズミを支える。歌謡主題は50小節目から出るが、ここでは4/4, 3/4, 6/8拍子が同時に進行し、この主題の後半では行進曲風に扱われ、勝利のハ長調に終止する。
 なおK・ワイル(1929年作のカンタータ)はじめ、2,3の作曲家がリンドバーグを讃える作品を書いている。「バガール」とは“騒ぎ”とか“混乱”の意。

ジャズLe jazz H.168
1928年1月パリで作曲された、アレグロ・モデラートの1楽章4分ほどの小品だが、ベル・エポック時代のジャズバンドの雰囲気を十分に漂わせた名曲といえる。後半にヴォカリーズを入れるなど、1927年秋から28年春までパリに滞在し、同年夏ポリチカにM.を訪問した、解放劇場の作曲家イェジェクの影響がみられる。
初演は1962年になってからブルノ放送で行われた。楽器編成:サキソフォン3(アルト2、テナー1)、0220.、ティンパニ、大小太鼓、シンバル、バンジョー、ピアノ、弦、ヴォカリーズ(女声1、男声2)。

オーケストラのための狂詩曲 H.171
1918年6月29日、フランス政府はチェコスロヴァキア民族の独立を宣言し(実際の独立は10月28日)、翌日ヴォージュ県のダルネ演習地でチェコスロヴァキア第1連隊に軍旗が授与された。その10周年を記念し、28年5月14日にパリで書きあげられたのがこの曲で、7ヶ月後にクーセヴィツキー指揮ボストンSOにより、La Symphonieとして初演された。30年3月12日のセル指揮チェコ・フィルによるヨーロッパ初演時のタイトルはLa Rhapsodieで、翌年パリでストララムが演奏した折にはAllegro symphoniqueとなっていた。29年にはブルノでスメタナ賞第2席を得ている。
3管編成の火曜部形式で、ドシラソ/ ドーという主題と、副主題提示後、小太鼓ソロ部分を経て、2つの主題が展開され、テンポを落とし高音ソロ・ヴァイオリンについで、イングリッシュ・ホルンが副主題の変形を優美に奏で、最後のフガートの中には”聖ヴァーツラのフコラール“が引用されている。

シンフォニア・コンチェルタンテ第1番H.219
4曲の室内楽セレナーデにつぐこの作品は、1932年4~5月にパリで完成されたが、その後、草稿が行方不明になり、54年にようやくショット社から出版され、翌年ハンス・ミュンシュ指揮バーゼル・オーケストラ協会により初演された。なお第2番H.322は、49年にニューヨークで作曲された。
 編成は第1オーケストラ:Ob3, Fg, Hr2,弦、第2オーケストラ:Fl2, Cl2, Fg, Hr2, Trp2, Trb3, Tb. Timp.シンバル、トライアングル、大太鼓、弦で、他調的な対位法を駆使したコンチェルト・グロッソである。
第1楽章:アレグロ・ノン・トロッポ、4/4拍子、ト長調、ソナタ形式。
●/ ●●●●/ ●というリズム主題と、プロコフィエフ風の叙情的副主題を核とし、両オーケストラ群がたえず応答をくり返し、トゥッティ三連音下降で終止する。
第2楽章:ヴィヴァーチェ、2/4拍子。弱音器をつけたTrpのa音に始り、前奏がしばらく続いたあと、変ニ長調のスケルツォ主題が出、これが次々とOb、Trp、Vl、Hrに渡されてゆく。打楽器が大いに活躍し、悪魔的に躍動する無窮動で、最後に前奏部分が回想される。
第3楽章:アンダンテ3/4拍子、ハ長調。弦楽合奏主題にはじまり、2つの弦楽器群および管が応答しながら、この主題を変奏してゆく。中間部でややアッチェレランドして高揚するが、ふたたび弦楽合奏に戻りハ長調主和音に終る。
第3楽章:アレグレット、2/2拍子。モーツァルトの40番交響曲をわずかに連想させる、ト短調主題が弦楽合奏に出、Obの挿句を経てポコ・メノとなり、主題の変形副主題がト短調でOBに出る。多くの弦楽合奏のみの部分をはさみ、2つの主題がさまざまに変奏され、最後は副主題がト長調で高らかに奏でられ、弦の刻む八分音符ト長調主和音で終止する。

インヴェンション H.234
1934年1月後半、秋の第2回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際音楽祭に提出すべくパリで作曲、同年9月8日、フェニーチェ劇場で、オレステ・ピッカルディの指揮で初演され、絶賛を博した。聴衆の中にはストラヴィーンスキイやカサドもいた。楽器編成:2222-4220、ティンパニ、シロフォン、大小太鼓、シンバル、トライアングル、ウッドブロック、ピアノ、弦。
第1楽章:アレグロ・モデラート、ハ長調、2/4~4/8拍子。冒頭フルート、ピアノの奏でる音型(ソ/ミ/ソ/ミ/ラ/ソ)を主体に、管、弦の音階的上向、トレモロなどで展開し、途中ピアノが32分音符ユニゾンで上下動するパッセージを、2度入れている。
第2楽章:アンダンテ・モデラート、ヘ長調~変ロ長調、6/4拍子。ピアノと弦のみ。第1ヴァイオリンが牧歌的な静かな旋律を奏で、ヴィオラが対旋律を入れる。中間と最後にピアノ・ソロが縦横に駆け巡る。
第3楽章:ポコ・アレグロ、ト短調~ハ長調、2/4拍子。木管の小刻みなスタッカート音型にはじまり、常動的でモトリックな16分音符の細かい動きに終止する。

リヂツェ追悼曲 Památník Lidicím H.296
1942年5月27日、ボヘミア・モラヴィア保護領(第2次世界大戦中ナチス・ドイツ占領下にあったチェコの呼称)副総督ハイドリヒが、ロンドンから飛来、降下した自由チェコ・パラシュート隊員により、プラハ北部の路上で爆殺された。
ナチス占領軍は報復として6月10日、隊員の1人の出身地であるプラハ西北20キロの小村リヂツェを焼き払い、男子約200人を虐殺、婦女子約300名を強制収容所やドイツ人家庭へ送り、この村を地図の上から抹殺した。*注
1943年アメリカ作曲家連盟から、渡米2年後のマルチヌーは17人の作曲家と共に、大戦中の事件を音楽で表わすよう依頼された。当時コネチカット州ダリエンで休暇をとっており、7月24日に第2交響曲を完成させたばかりの彼は、激情と安らぎの祈りをこめたこの作品を8月3日に書き上げた。
初演は同年10月28日(チェコスロヴァキア共和国独立25周年当日)、ロヂンスキー指揮ニューヨーク・フィルによりカーネギー・ホールで行われ絶賛を博した。プラハ初演は1946年3月14日、R・クベリーク指揮チェコ・フィルが行い、本邦初演は1982年11年19日、ノイマン指揮チェコ・フィルにより上野文化会館で行われた。
楽器編成:Fl, Ob3, Cl3, Fg2, Hr4, Trp2, Trb3, Tuba,Timp,大太鼓、シンバル、タムタム、ハープ、ピアノ、弦5部。演奏時間:約9分。

アダージオ / アンダンテ・モデラート / アダージオの3つの部分から成る。
冒頭、高音楽器を除いてハ短調の和音が陰鬱に奏でられ、3拍目に嬰ハ短調の和音が重ねられて2小節目に入ると、ClとFgが静かなコラール主題を奏でる。これは「ディエス・イレ」の旋律だが、ボヘミアの古い「聖ヴァーツラフのコラール」末尾部分でもある。これが変形してくり返されてゆくと、イングリッシュ・ホルンとTrpの下降音型についで、Fl, Obに優美な旋律が出る。低弦と対話しながらTrpが悲歌を高らかに奏で、次第に高揚して打楽器の轟くトゥッティffと、木管pが交代で現われ、変ニ長調の弦五部のみとなってアッチェレランドし、スムースに中間部へ移行する。
ここでは二度音程を上下する音型を軸に、ffとppの対比、Timpの連打などがあり、弦に穏やかな変ロ長調旋律が出て変ホ長調に落ち着く。最後の三度音程が何回か繰り返されたのち、
冒頭のテンポに戻ると突然、弦を伴うHrがfで、長7度上向してハ音を吹き鳴らし、下降してヘ短調でベートーヴェンの「運命の動機」を響かせる(譜例)「運命の動機」は大戦中BBC放送の勝利のコールサインだった。しかし最後の変ホ音ではすでに転調して静かに進行し、全曲はハ長調主和音で終止する。
注:パラシュート隊員たちはプラハ市内のキュリロス・メトデオ教会の墓所に隠れていたが、20日後に見つかり処刑された。戦後リヂツェ村に戻れた16人の中には、幸運?にも殺人罪でプラハに入獄していた男がおり、彼の話をもとに作家ボフミル・フラバル(1914~97)は、「私はイギリス王のお世話をした」(1971作、2006年映画化予定) を書いている。1955年ここには記念館が設置され、「友情と平和のバラ園」には、全世界から送られた3万本のバラが植えられ、毎年6月第2日曜に記念式典が行われている。
同様の蛮行は2週間後の6月24日、東ボヘミアの町パルドゥビツェ近在の小集落レジャーキでも行われ、33人が銃殺、14人が連行され、生き残ったのは子供2人だけだった(現在、記念碑が建っている)。


サンダーボルトP-47 H.309
 敗戦直前の日本は、アメリカ軍のムスタングP51戦闘機の機銃掃射に悩まされたが、ヨーロッパ戦線で活躍していたのは、通称ジャグといわれたこの護衛戦闘機で、リパブリック社は1万5千機も作ったという。しかしアメリカ空軍のパイロットを讃えた曲名は、あとからつけたもの。
この作品もワシントン国立オーケストラの委嘱作品で、1945年9月前半にかかれ、パリ時代からの親友で指揮者兼チェリストのH・キンドラーに捧げられた。初演は同年12月10日。Mはこれをアメリカでの最後の作品にするつもりでいた。
これはチェロにやさしい主題が出るトリオを持つ、執拗な6分音符の連続するスピード感あふれるスケルツォで、「魔法使いの弟子」や「夏の夜の夢」のスケルツォを連想させる。


インテルメッゾH.330
1950年夏、Mは親友のリプカとキャンピング・カーでメーン州東北海岸へ夏休みに出かけたあと、9月にニューヨークへ戻り、ルイスヴィルSOの指揮者R・ウィトニーに依頼されていたこの作品を仕上げた。
これは健全な喜びに溢れるスケルツォで、三部形式をとり、冒頭にはドヴォジャークの“レクイエム”主題や、最後のオペラ『ギリシャ受難劇』の中の“愛の主題”などが現れる。きらびやかなピアノの分散和音のあと、打楽器が激しく鳴って、弦がせわしなく切分音で下降し中間部に入る。ここでは Trpの鳴らすペンタトニックなアメリカ的音型と、Hrの牧歌的音型が印象的。最後にTrpがひときわ高く響きわたる。


オーケストラのための序曲H.345
1953年5月半ば、13年にわたるアメリカ滞在をうち切り、ヨーロッパに戻ったMは、パリ、ブリュッセル、ハーグ、ブルターニュヴィュ・ムーランの各地を転々とし、9月はじめようやくニースに落ち着いた。ここで別荘を提供してくれたのは、親友の画家シーマだった。新しい環境に馴れないためか、10月に書きはじめたオペラ『見知らぬ人への告発』は未完のままで、ドストエフスキイの”悪霊“のオペラ化も構想だけに終った。唯一完成をみたのがこの『序曲』で、かつて教鞭をとっていたニューヨークのマンネス学校芸術学院父兄会のために作曲された。

この曲は2管編成でピアノを含まず、コンチェルティーノとしてフルート、オーボエ、ヴァイオリン3、ヴィオラ、チェロの7楽器が活躍するロンド形式で書かれている。主題は古典的で、短い中間部のアンダンテ・モルトではオーボエ、フルートの優美な旋律が聴かれ、コーダでは音価を十分にのばした主題が、トランペットで高らかに奏でられる。


ピエロ・デッラ・フランチェスカのフレスコ画 H.352
1953年アメリカからヨーロッパへ戻ったマルチヌーは、翌1954年春のイタリア旅行中に、トスカナ地方はアレッツォのサン・フランチェスコ聖堂内で、ピエロ・デルラ・フランチェスカ(1415頃~92)の描いた一連の十字架伝説画(1455~65年作)を見て感動し、翌55年2月から4月にかけニースでこの曲を書いた。初演は56年8月26日R・クベリーク指揮するヴィーン・フィルが、ザルツブルクで行った。オーケストレーションはピアノを除いてハープを入れ、8つの打楽器を駆使した4管編成である。

第1楽章:アンダンテ・ポーコ・モデラート,8分の6拍子,変ホ短調~変ロ長調叡智と富のソロモン王に貢物を捧げるシバの女王と従者たちの絵による。弦のトレモロを伴う短い前奏のあと、曖昧模糊としたフルート、ヴァイオリンの奏でる音型ではじまり、次第に他の楽器を加えて頂点に達し、R・シュトラウス風の甘美な旋律が、転調しながら延々と展開される。管が減七の和音でうごめく経過句をへて、イングリッシ・ホルンがハープのハーモニクスと弦のトレモロを背景に、アラビア風の旋律を怪しげに奏でる。独奏チェロの短い応答があり、ファゴット・ソロの下降型で再現部に入り、管とハープの分散和音でしめくくる。
第2楽章:アダージオ、4分の4拍子、変ロ短調~変ロ長調
天に描かれた十字架を夢に見て、宿敵マクセンティウスを倒したコンスタンチヌス1世(280頃~337)の絵による。弦のトレモロの上でクラリネットとファゴットが、ゆったりした上下に波打つ旋律を奏でる。夜のしじまを縫ってナイチンゲールや怪鳥が鳴き交わし、独奏ヴィオラが遠くの陣営のラッパを模
する。弦の刻む行進のリズムに乗って、オーボエが異教の旋律を、さらにフルートが天上の楽の音を奏でる。やがて穏やかな旋律が低音弦から高音弦へと受け継がれ、ティンパニが鳴って作曲家アメリカ時代の遺産であるペンタトニックの懐かしい旋律が弦に出て、他の楽器は上向グリッサンドの反復でこれを彩り、高らかなティンパニ・ソロの連打で終る。
第3楽章:ポーコ・アレグロ,8分の6拍子~4分の3拍子、変ホ長調~変ロ長調。特定の絵ではなくフレスコ画全体から得た印象を綴っている。弦のピチカート、ホルン、打楽器の上でクラリネットに始まる2度音程がくり返される。これが一段落すると、半音階的に上下するモチーフがチェロからヴァイオリンへと渡され、ホ長調の全音階的な郷愁をそそる優美な旋律となる。半音階モチーフがフルートに出たあと、トランペットはスクリアビンの「法悦の詩」を思わす音型を鳴らす。弦を主体とした部分を経て冒頭部分が再帰し、最後は変ロ長調の望郷の歌で静かに全曲をとじる。

           
聖十字架伝説            
アダムの息子セツは、大天使ミカエルから小枝を1本授かり、これを亡父の墓の上に植えた。 これはのちに見事な大木となったので、ソロモン王(在位:前961~922)は、神殿付属の「レバノンの森の家」(武器庫)の建築に用いようとした。しかしどう切って寸法が合わないので、シアロムの池にかかる小橋の建材にしてしまった「アダムの死」。 
南アラビアはシバの女王が、ソロモンの叡智を試しに(実際は交易のため)訪れた「ソロモンとシバの女王の会見」。将来(受胎告知)キリストがこの木に架けられるのを予感した彼女は、この橋の前に跪き恭しく拝んだ。彼女の予言を信じた王は、この木を地中深く埋めさせた「聖木の運搬」。
後世その場所に養魚池が掘られ、キリスト受難が近づいた頃、その木がひとりでに浮かび上がってきた。ユダヤ人たちはこれを拾い上げ、主の(聖)十字架を作った。この十字架の木はその後、200年以上も地中に埋もれていた。 コンスタンティヌス(280頃~337)は、帝位継承戦争のさ中、敵のアクセンティウス(?~312戦死)を、ローマ郊外で迎え撃つ前夜、十字架が天に輝くのを目にし、天使に勝利を予言された「コンスタンティヌスの夢」。そこで彼は軍旗の代りに十字架を掲げて進撃し、勝利をおさめた「コンスタンティヌスの勝利」。 
326年頃コンスタンテヌス1世は、聖十字架を探しに、母君の聖女ヘレナ(255頃~330頃)をイェルサレムへ遣わした。彼女はその場所を知っているユダ・クィリアクスを1週間、涸れ井戸に閉じ込めて口を割らせ、ゴルゴダの丘に案内させた。{ユダの拷問:B2}そこに建っていたハドリアヌス帝建造になるヴェヌスの神殿を壊し地中を掘ると、キリストと2人の盗賊の処刑に用いられた3本の十字架が現れた。「十字架の発見と検証」。
615年ペルシャ王コスロエスはヘレナがイェルサレムに残した十字架の一部を盗んだ。その息子を皇帝ヘラクリウス(575頃~642)はドナウ河畔で破り、「ヘラクリウスとコロエスの戦い」、十字架遺物をイェルサレムに持ち帰った。「聖十字架の賞揚」。
(ヤコブス・デ・ヴォラギナ著「黄金伝説」)


ザ・ロック(岩)H.363 
これは1619年イングランドからの移民団がたどりついた、プリーマスに近いケープ・コッドも“岩”を題材にしたもので、レールモントフの詩によるラフマニノフの“岩”とは異なる。Mは1942年にここを訪れ、3世紀前をわが身に照らし、隔離された魂を音楽で表そうと思ったことがあった。
 1956年9月から1年間、彼はローマのアメリカ・アカデミーで作曲に専念していたが、56年クリーヴランドSO創立(1918年)40周年を記念して、G・セルに作曲を依頼された。そこで移民団の2代目総督ブラッドフォードのMemorial of the New Englandの引用に入った本を見つけ、57年3月から作曲にとりかかり、書痙に悩まされながら4月17日にほぼ、この瞑想的な交響前奏曲を完成した。
 弦のトレモロと木管の前奏のあと、晩年特有の甘美な音型が出、優しい主題が木管、弦で長く奏でられる。弦がせわしなく切分音を刻み、打楽器が鳴り響いてコーダでは、HrとFgが荘重なコラールを鳴らし、ペンタトニックなアメリカ的音型のうちに曲を閉じる。


オーケストラのための寓話H.367
これはミュンシュのために書かれた作品で、最初の2つの楽章は1957年6,7月にローマで、第3楽章は翌年1月から2月にかけ、シェーネンベルクで書き上げられた。題材ははじめ在米中に熟読していた11世紀中国の蘇東披(スー・トン・ホー)にするつもりだったが、のちに敬愛する友人サン・テクジュベリの遺作”城砦Citadelle“に変えた。
第1楽章:“城砦”第155節による“彫刻家の寓話”は、彫刻家の創った人の顔の前を通ると、人は少し変わり新しい方向に向かうという、過去を捨て去り未来に目を向ける思想である。
第2楽章:同186節による“庭園の寓話”は、庭に坐した人が、凋花、落葉を見て、来る年の開花に思いを致す、輪廻の思想である。
第3楽章:城砦の中の“荒野の最後の家で未来への扉が開かれる”を用いる予定だったが、G・ヌヴーの劇「テセウスのたび」(43年)に魅せられ、“迷路の寓話”となった。ここではミノタウロスを倒し、アリアドネに魅せられたテセウスが、町の人に結婚と弔いを告げる太鼓叩きに出会うくだりが、題材とされている。この曲を作っていた時の異常体験をMは以下のように記している:「ある夜、奇妙な音が近づいてきた。暗闇の中から太鼓を叩く二人の男が姿を現し、ゆっくりと幻のように消えていった」。これは有名なバーゼルの太鼓叩きが、カーニバルの練習をしていたのだろうが、作曲者はこの中にすでに、自分の死を予感していたのではないか。
第1楽章:アンダンテ。牧歌的なホルン主題がアジタート部分を挟んでくり返される。不安げで激しい中間部を経て主題が再現され、叙情的な旋律がオーボエとクラリネットに出て静かに終る。
第2楽章:ポコ・モデラート。木管とホルンの上下動する前奏ン、次第に他楽器が加わり、アレグロとなって弦が16音符三連音で下降する。ポコ・メーノでは“聖夜”の旋律が聞かれる。100小節を過ぎるとオーボエ・ソロが東洋的な旋律を奏で、アレグロが再現、コーダではハープの全音階的上向アルペッジョのくり返しのあと、クラリネットに優美な旋律が出て、変ロ長調主和音に終止する。
第3楽章:ポコ・アレグロ。弦のトリルと管楽器のせわしない動きのうちに、高音ヴァイオリンのペンタトニック音型を経て、リズミカルで色彩豊かなオーケストラを伴う、打楽器のトッカータがはじまる。
“聖夜”の旋律がトランペットに出てポコ・メーノに入ると、クラリネットがエキゾチックな旋律を奏で、オーケストラはトゥッティで高揚する。
次のモデラートではハープの和音を背景に、ファゴット・ソロがスペイン狂詩曲を奏で、その旋律はオーボエ、さらにはカスタネットの活躍するオーケストラをバックに弦に渡され、ヴィオラ・ソロの静かな部分を経て、冒頭部分が再帰する。


オーケストラのための版画H.369
 1958年3月半ばから4月初めにかけ、シェーネンベルクで作曲されたこの作品は、献呈を受けたホイットニーとルイスヴィルSOにより、59年2月4日に初演された。タイトルをEstampeとしていることからも覗えるように、エレガントなフランス点描画を見るような新印象主義的作品で、2管編成ながら打楽器を駆使し、オーケストラ曲に6年間封印していたピアノを登場させ、ハープと重ね特殊効果を出している。
 第1楽章:アンダンテ。夜のしじまに低音クラリネットとファゴットが、けだるい音を響かせる。中間部の弦に旋律が見られる以外は、曖昧模糊として幻想的な描写に終始する。
第2楽章:アダージオ~アレグレット~アダージオ。弦楽合奏の前奏のあと、イングリッシュ・ホルンが望郷の牧歌を奏でる。心臓の鼓動のような小太鼓と弦の刻むリズムが加わり、慰めるような旋律が弦にひき継がれ高揚する。もう一つの優しい旋律がオーボエに出て、色彩豊かなオーケストレーションを背景に、この旋律は変形してフルート、ホルンに渡されて、ふたたびオーボエに戻り、冒頭の弦楽合奏が再帰する。
第3楽章:ポコ・アレグロ。はじめピアノとハープの分散和音が、東洋的雰囲気をかもし出し、ペンタトニック名断片旋律を中心に、ピアノ、ハープ、打楽器が織りなす中間部を挟み、3度音程の反復など様々な短い音型が次々と現れ、前2楽章の鬱積していた霧を払うかのように、明るいフォルティッシモで終止する。
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[ 2013/09/03 21:36 ] マルチヌー 人と作品 | TB(-) | CM(-)



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