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ヤング・プラハ演奏会雑感

国際音楽祭ヤング・プラハ創立20周年記念 ヤング・プラハ in 東京 ガラコンサート
~ オール・チェコ・プログラム ~

日時: 2011年1月22日(土) 18:00開演 (17:30開場)
    2011年1月23日(日) 14:00開演 (13:30開場)

会場: 渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール

22日:
スメタナの「故郷より」は前半だけしか演奏されなかったが、これでは意味がなく、割愛すべきだった。ドゥシークのハープ・ソナタ(実質はソナチネ)も、後半の2つの楽章だけだったが、第1楽章(2分少々)を入れてもよかったのでは? 声楽ではチェコ語の発音、とくにpři, stří や, čと cの相違に細かい神経を使って欲しかった。前半では曲の省略が多く、演目をしぼって作品に集中すべきは、今後の課題となろう。

ペリカーンのギター作品は、レゾン・デートルが疑われるし、イルマルの曲もよく出来てはいるが、スペイン風でチェコ的な味がない。優れた奏者である鈴木氏にはぜひ次回、マーハの「クリスマス協奏曲」(第2楽章に“聖夜”の主題)を弾いてもらいたい。ヤナーチェクの「ピアノ・ソナタ」では、4音モチーフの怒りが伝わって来なかった。

マルチヌーの「スロヴァキア民謡主題による変奏曲」(チェロとピアノ)と、ヤナーチェクの「青春」は呼吸が合っていてよかったし、とくにマルチヌーの「キッチン・レビュー」は、ピアノのリズム感がよく、1920年代パリの雰囲気を十分に醸し出し、掉尾を飾るに相応しい名演だった。

23日:
少女合唱団によるマーハの無伴奏合唱曲集と、ヤナーチェクの「民俗夜曲」は、清純な乙女たちの澄んだ声が魅力で好感が持て、高峰エヴァさんのチェコ語指導の成果が十分に出ていた。しかし後者の各曲冒頭1小節を歌うソロの子たちは緊張してか、練習の成果が出ていなかった。また原曲にはないクラリネット、ホルン、マリンバ(シロフォン)を伴奏に入れたのは、蛇足以外の何物でもない。コンサート半ばにアンコール用のようなヴァイオリン小品が幾つか演奏されたが、2つの楽章しかとり上げられなかった「ドゥムキ」にしぼってもよかった。後半のヤナーチェクの弦楽四重奏曲1番は、むしろマルチヌー晩年の弦楽四重奏の方が、変化があって好かったのでは? 最後のコンチェルティーノは、ピアニストの熱演で曲が締まり、拍手喝采を浴びていたのも頷ける。

以上、さまざまな苦言を呈したが、20年間、地道に活動を続けてきた、発起人の中島氏には、ただただ頭が下がるばかりだ。今後のさらなる活躍を期待する次第である。

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[ 2011/01/26 20:56 ] レヴュー | TB(-) | CM(-)

「グラゴル・ミサ」雑感

●NHK交響楽団1662回定期

日時:2009年12月12日(土)15:00開演

会場:NHKホール

曲目:
■チャイコフスキー: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
(アンコール)
■クライスラー:レチタティーヴォとスケルツォ・カプリース
■ヤナーチェク:グラゴル・ミサ

演奏:
アラベラ・美歩・シュタインバッハー(vn)
メラニー・ディーナー(sp)、ヤナ・シーコロヴァー(A)、サイモン・オニール(T)、ミハイル・ペトレンコ(B)
指 揮:シャルル・デュトワ
管弦楽:NHK交響楽団
合 唱:東京混声合唱団

2009年12年12日16時からNHKホールで、デュトワ指揮するNHK交響楽団、4人のソリスト(ドイツ、チェコ、ニュージーランド、ウクライナ国籍)、東京混声合唱団による「グラゴル・ミサ」を聴いた。今までにこのミサは数回聴いているが、このホールで聴くのは実に、1976年秋のノイマン指揮チェコ・フィル以来である。全体の印象としては、最後の方で金管の音がやや乱れたが、立派な演奏だった。しかし以前のようには感動しなかった。

作品解説は当会編「ヤナーチェク声楽曲全集」に譲るとして、それ以外で気づいた点をあげてみる。この作品は、独唱部分が合唱とかぶらないよう作曲されているが、かぶる部分(わずか30小節)では独唱部分が聞えない所がある。それはオーケストラや合唱の音量という物理的問題で、ヤナーチェクが初演した当時の器楽奏者や合唱団員数は、遥かに少なかったと思う。だから演奏者数が倍増している今日では、『グレの歌』や『青髭公の城』ほどではないが、内蔵マイクLPを使ってもいいと思う。

独唱の各パートも、カノン進行の最後がわずかにダブルだけで、合唱部分のア・カペラは4小節のみである。
各部分の小節数を数えてみると、オーケストラのみが691、オルガン・ソロが(第5部の間奏も含め)175、合唱 233、ソプラノ独奏68、テノール独唱93で、バス独唱はわずか25、アルト独唱に至っては何と10小節に過ぎない。ヤナーチェクもずいぶん酷なことをしたものだ。わずか10小節のために、わざわざ外国から歌手を招かせるとは?
ヤナーチェクのこの作品は、のちの1945年に作曲されたコダーイの「ミサ・ブレーヴィス」の範疇に入り、歌詞に典礼文を用いてはいるが、むしろカンタータと言った方がいいかも知れない。

コダーイの作品は「グラゴル・ミサ」よりやや短い8部構成で、オルガンを含み、最初と最後*はオーケストラ(オルガン)曲を入れている。

彼が評価していたベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」の小節概数は、合唱 が1220、アルト独唱とテノール独唱が各370、オーケストラのみと、ソプラノ独唱、バス独唱がそれぞれ320小節である。
3者の小節数を比較してみると、ヤナーチェク作品がいかにオーケストラ優位になっているかが解る。
Orch. Org. Chor. S. A. T. B.
グラゴル・ミサ  : 691 175 233 68 10 93 25 (小節数)
ミサ・ブレーヴィス: 199  569(504) * 57 42 20 27
ミサ・ソレムニス : 320 1220 320 365 370 320
*注:コダーイの作品は、元来オルガン伴奏で書かれ、のちにオーケストラを加えたもので、
原曲の最終章に合唱は含まれない。



[ 2009/12/24 07:29 ] レヴュー | TB(-) | CM(-)

「ブロウチェク氏の旅」観劇雑感

●東京交響楽団 第573回 定期演奏会
ヤナーチェク:オペラ「ブロウチェク氏の旅行」
2009年12月6(日) 18:00  サントリーホール

指揮=飯森範親
演出=マルティン・オタヴァ

ブロウチェク: ヤン・ヴァツィーク(Ten)
マザル/青空の化身/ペツシーク:ヤロミール・ノヴォトニー(Ten)
マーリンカ/エーテル姫/クンカ:マリア・ハーン(Sop)
堂守/月の化身/ドムシーク:ロマン・ヴォツェル(B.Br.)
ヴュルフル/魔光大王/役人:ズデネェク・プレフ(Bass)
詩人/雲の化身/スヴァトプルク・チェフ/ヴァチェク:イジー・クビーク(Br)
作曲家/竪琴弾き/金細工師ミロスラフ:高橋 淳(Ten)
画家/虹の化身/孔雀のヴォイタ:羽山晃生(Ten)
ボーイ/神童/大学生:鵜木絵里(Sop)
ケドルタ:押見朋子(Alt)

ヤナーチェク:オペラ『ブロウチェク氏の旅行』
第1部 ブロウチェク氏の月への旅
第2部 ブロウチェク氏の15世紀への旅
(日本初演、セミ・ステージ形式、チェコ語上演、字幕付)



2009年12月6日18時からサントリー・ホールで、演奏会形式ながら「ブロウチェク」の日本初演を観た。
まずは飯盛指揮のオーケストラは、ヤナーチェクの音楽を適格に捕らえており、とくに弦がよかった。合唱は、指揮者でもあるキューネルの原語指導が当を得て、十分に役割を果たしていたが、発音に神経を使い過ぎたせいか、ややダイナミズムに欠けていた。

ソリストではブロウチェク役のヴァツィークと、エテレア役のマリア・ハーンが、ずば抜けた力量を発揮していた。このオペラでは、第1部のエテレアのいくつかのアリアが、重要な核となっているが、彼女は見事その期待に応えていた。巨漢揃いのチェコ人歌手に比べ、日本人ソリストの力量は、明らかに見劣りしていたが仕方あるまい。

オタヴァの演出は、スクリーンに夜のプラハ城を浮き立たせ、空には満月と星をちりばめ、聖ヴィート大聖堂、ヴィカールカ小路を投影していた。月世界での背景は火星のようで、その空間を時折、小さなペガサスがよぎる。月の住人はすべて白装束で、オリンピック表彰台さながら3つ置かれた台上に、エテレアを中心に3人が立った場面はすばらしい。

第2部冒頭スクリーンに、原作者チェフの読書姿を写し出していたが、もっと幻想的なものにして欲しかった。第2部の背景には、ティーン教会はじめ、プラハ城、旧市街広場、フス戦争の絵、カレル橋、旧登城段々坂などが投影されていた。

 演奏会形式のため、月世界での幻想的な場面の表出が不十分で、第2部第1幕フィナーレで、武装した民衆がティーン教会へ入ってゆく、オルガンを伴う荘厳な場面や、第2幕の場面転換後、彼らが凱旋してくる場面などがないのが残念(アイーダの凱旋行進曲の場面を想像してほしい)。

このオペラは、とくに第2部では、歴史的背景が解っていないと難解である。今回の字幕作者がオペラの内容を十分に把握していたとは、とても思えず、観客にはほとんど理解できなかったと思う。とくに学生を交えた宗教問答の場面は支離滅裂! このあたりはむしろ言葉を追うのでなく、物語の説明でいいと思う。細かい点だが気になった言葉をあげてみる(カッコ内が正しい):

第1部:小間使(家政婦)、仇をうつ(仕返しする)、棺(長持)、
第2部:牢屋?、年寄の王(昔の王)、ダム(堰)、人間の皮みたい?、
病院の門(施療院の野の門)、棺桶(祭壇)はビールの樽、などなど・・

といううわけで、はじめてこのオペラを観た人は「何じゃこれは?」と思ったに違いない。だから本当にこのオペラや、ヤナーチェクを理解したい人には、ぜひ日本ヤナーチェク友の会編の解説や、台本対訳を読んで欲しい。

私がこのオペラをはじめて観たのは、作曲者没後60周年の1988年、ブルノ音楽祭の折ヤナーチェク劇場で、グレゴル指揮、シュトロスの演出。2度目は作曲者生誕150周年の2004年、同じ劇場で指揮はマッケラス、演出はネクヴァシルだった。この時は英語の字幕がついていたらしいが、席が最前列だったから、内容は確かめようがなかった。2回とも恒例通りプラハ国民劇場客演のすばらしい舞台だった。

客演歌手の経歴補足:
主役のヴァツィーク(プラハ生)は、プラハ音楽院でヴァイオリン、オーボエ、作曲を学び、歌唱は1985年ミュンヘンヘ移住してから。その後イタリアのC・ベルゴンツィにつき、さらにパルマで修行。1988年にR・シュトラウスの「ダナエの恋」のポルックス役でスカラ座にデビュー。サワリシュの勧めで、1993年までバイエルン国立オペラ団員を勤めた。その後、世界各地の劇場に招かれている。プラハ国民劇場の常時客演歌手で、今やチェコ・オペラには欠かせないベテラン歌手であり、2004年ブルノ音楽祭では、「運命」の作曲家ジヴニー役と「ブロウチェク」を歌い、2007年のロンドンでのCD録音でも、「ブロウチェク」役を担当していた。

ドムシーク役のヴォツェル(1964年プラハ生)は、2004年のブルノでこの役を歌っていた。

魔光大王役のプレヒ(1977年ブルノ生)は、オロモウツのモラヴィア劇場を経て、2000年にブルノ・オペラ入りし、2004年からプラハ国民劇場のソリストとなり、2007年のロンドン録音でも同じ役を歌っていた。

詩人役のクビーク(1955年、北モラヴィアの国境クルノフ生)は、オパヴァ、オストラヴァ劇場を経て、1986年からプラハ国民劇場に客演。来日公演では、「フィガロの結婚」の伯爵(1995年)、「死の家」のシシコフ役(2003年)、「マクロプロス」のプルス役(2006年)で出ていた。

青空の化身役のノヴォトニー(1961年ブルノ生)の来日公演歴は記憶にない。
エテレア役のマリア・ハーン・コビェルスカMaria Kobielska(東スロヴァキアのコシツェ生)は、ブラチスラヴァ高等音楽院卒業後、オロモウツのモラヴィア劇場、1996年からのプラハ国立Státníオペラ劇場を経て、2002/ 03年からプラハ国民Národní劇場のソリストとなり、今やチェコでは人気絶頂のソプラノ歌手で、2007年のロンドンでのCD録音でもエテレア役を歌っており、2003年の来日公演では「アイーダ」の“巫女の長”役で登場していた。

今回は来日しなかったが、彼女のご主人リハルト・ハーン(1949年コシツェ生)も、今やチェコ・オペラ界でトップに立つバリトン歌手で、来日公演ではドンジョヴァンニ(1995年)、スカルピア(1997年)、エスカミリオ(1999年)、2003年にはアモナスロと、「死の家」の主役ゴリャンチコフを歌っていた。
[ 2009/12/16 06:27 ] レヴュー | TB(-) | CM(-)

パヴェル・ハース弦楽四重奏団   Haasovo kvartetoについて

ハースSQ
2006年6月14日夜、第一生命ホールで「ハース弦楽四重奏団」のすばらしい演奏を聴いたので、この新進気鋭の演奏団体について紹介してみたい。

曲目はモーツァルトの「不協和音」、ハースの2番「猿山*1よりZ opičích hor」、ヤナーチェクの2番「内緒の手紙」、アンコールはスメタナの2番第2楽章「ポルカ」だった。この秋スプラフォン社から、ヤナーチェクとハースの2番のCDを出すという※。

(※発売済 Supraphon SU3877; 収録曲 ハース:弦楽四重奏曲第2番『猿山より』、ヤナーチェク:2番「内緒の手紙」

彼らの演奏の何がすごいかって? 抜群のリズム感、効果的な強弱の対比(ダイナミズム)、そして何よりも若さあふれる情熱! とくにハースの2番が優れていた。こんな有能な作曲家が志半ばにオシフィエンチム(アウシュヴィツ)の煙と消えたのが惜しまれる。

1)ヤルーシコヴァー、ヴェロニカ(V1)ブラチスラヴァ生、30歳
2)ゲムロトヴァー、カテジナ  (V2)プラハ生、 23歳
3)ニクル、パヴェル      (Vla)キヨフ生、 26歳
4)ヤルーシェク、ペテル    (Vc) ブラチスラヴァ生、30歳

メンバーはいずれもプラハ芸術アカデミー音楽部HAMUの出身で、1)4)は8年前に結婚した夫妻。2)は作曲家イジー・ゲムロト(1957年生)の娘。

2004年6月に結成されたハース弦楽四重奏団のメンバーは、それ以前すでにフィレンツェのセミナー*2に出席し、2003年にはシュカンパ弦楽四重奏団(1989年結成)と、ロンドン・ウィグモア・ホールで共演していた。
2005年「プラハの春国際音楽祭」期間中の5月13日、ドヴォジャーク・ホールで行われたコンクール弦楽四重奏部門*3で優勝。その1ヶ月後に北イタリアはボローニャ西方、レッジョ・ネル・エミーリアでの第7回「ポルチアーニ弦楽四重奏コンクール」(1987年から3年毎に開催)では、他の21団体を抑えて優勝、今回の初来日となった。彼らはブルノ在住のハースの遺児オルガ(1937年生)から、故人の手稿などを提供され、助言も受けているという。

*1:ヴィソチナ=ボヘミア・モラヴィア高原(ブルノ隠語)
*2:スメタナ弦楽四重奏団のヴィオラ奏者だったミラン・シュカンパはじめ、イタリアSQ、A・ベルクSQ、アマデウスSQ、ボロディンSQらのメンバーが講師をつとめていた。
*3:課題曲はドヴォジャークの変イ長調,作品105、自由曲はヤナーチェク、バルトーク、ショスタコーヴィチの1曲で、イスラエル、ハンガリー、ロシア、ラトヴィア、オランダ、チェコ、韓国から9団体が参加し、2位はペンギンSQ(F・ソウチェク、P・スツシージェク、P・ホルマン、V・フォルティン)とシーゲンSQ(韓国)が分かち合い、3位はオランダのルーベンスSQだった。

(日本ヤナーチェク友の会 2006年会報より)
[ 2009/06/07 07:20 ] レヴュー | TB(-) | CM(-)

書評:内藤久子著「チェコ音楽の魅力」

これは著者が5年前に出した「チェコ音楽の歴史=民族の音の表徴」のダイジェスト版である。スメタナとドヴォルジャークの項は、よくまとまっており全体像がつかめて読みやすい。「モルダウ」主旋律のルーツ探しは興味深い。聴覚と職を失った晩年のスメタナが、かつて暖かく迎えてくれたイェーテボリの人々を思い出し、スウェーデン民謡「美しきヴェルメランドよ」を引用した、というのが私の見解。もっとも原点はユダヤ聖歌とも言われ、現在イスラエル国歌にも引用されている。

スメタナは「作曲ではモーツァルト、ピアノ演奏ではリスト」を目指したほどの名手だったのに、ピアノ作品についての言及がほとんどない。またドヴォルジャークも若い頃、失恋の痛手を「いとすぎ」に託し、この歌曲集は彼の生涯の道しるべとなり、初恋の相手である義姉ヨゼフィナが愛唱していた「私にかまわないで」作品82の1の旋律を、チェロ協奏曲の第2楽章に入れている。それほど重要な分野である歌曲についても触れていないのが残念である。

20世紀初頭の「スメタナ=ドヴォルジャーク論争」は面白い。ネイェドリーのドヴォルジャーク軽視には、当初から反対意見が多く、「彼がドヴォルジャークの娘に振られたからだ」という風評さえ立つほどだった。スメタナとドヴォルジャークは師弟関係にあったから、この二人にとり上記の論争は迷惑千万な話である。ネイェドリーは非難の矛先をヤナーチェクにも向けた。

ヤナーチェクはオペラ『ブロウチェク氏の旅』完成後、1917年12月13日のリドヴェー・ノヴィニ紙上で「ネイェドリー(食えない奴)一派の毒舌月評家ヘルフェルトの姿を前に、私は恐れ慄きながら、音楽作品のいくつかの例を思い出す」と述べている。しかしヘルフェルトは2年後ブルノへ移りヤナーチェクの真価を知ってからは、彼の熱烈な信奉者となった。

著者がヤナーチェクの民謡研究を、可愛らしい編曲集「クラーロヴニチキ」(小さな女王たち)を例に、スチャソフカ(リズム化、時間的調和)から始めているのは傾聴に値する。以前の著作にも見られた「シンフォニエッタ」や「コンチェルティーノ」などの楽曲分析は学究的過ぎて、一般読者向けとは言い難い。

現在チェコ・オペラといえばヤナーチェクの作品で、『シャールカ』と『物語のはじまり』以外の7本は、世界中のオペラ・ハウスのどこかで必ず上演されている。だからヤナーチェク音楽の真髄であるオペラにもっと紙数をさき、ルハチョヴィツェ温泉で出会った数々の人々、とくにオペラ『運命』作曲の機会を与えてくれたカミラ・ウルヴァールコヴァー、『イエェヌーファ』プラハ初演の立役者カルマ・ヴェセラー、晩年の傑作を生み出す源となったカミラ・ステッスロヴァーらとの出会いを通じ、ヤナーチェクの赤裸々な人間像も描いて欲しかった。

(レコード芸術2007年4月号)
[ 2007/12/07 12:29 ] レヴュー | TB(-) | CM(-)



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